家族の最近のブログ記事

多忙なときこそ!

人からの印象とは裏腹に日頃はのんびりした毎日を送っている私。が、今、恐ろしく多忙な日々。

パセージに集中するためいつも以上に余裕を持たせたスケジュールにしていたはずが、想定外のトラブル(?)で切羽詰まった状況が続いている。

1つ終わりが見えると次の課題、また次の課題と気持ちが忙しい。

でも、そんなときでも子どもたちの日常は変わらない。「友達の家に行くから送っていって」とか「お休みの日はどこどこに行きたい」とか「今から工作するから何色の画用紙を出して」とか「寝る前みんなでゲームしよう」とか「今日は一緒に寝よう」とか「ムリならベッドまで送っていって」とか、お構いなしにいろいろ言ってくる。数分の時間が惜しいのに「今日はボクがごはん作るわ!」とか言ってくる。(笑)

いつもなら「はいはーい、分かったよ~」と快くお引き受けすると決めていることも、さすがに「げっ、今か!?」と閉口してフリーズしそうになることもしばしば。感情に点数をつけるなら確実にマイナス。

以前だったら「ムリ言わないでよ!」とイライラ怒り口調で返事したり、忙しい素振りをPRして聞き流して無視したり、努めて冷静に「ママが忙しいの分かってるよね?ママ、忙しいから協力してってお願いしてるよね?」と嫌味っぽく子どもを責めたりしていたと思う。では、今は!?

「忙しいのは私の都合で私の課題だもんな~」と心から思うようになっているようで、①今片付けてしまいたい仕事の手を止め潔く諦めて、子どもの方を向く。おぉ、パセージの『話を聴く』じゃないか~。

②中断するのがムリなときは「ごめ~ん、どうしても今これやっちゃいたいんだ。少し待っててもらうか、他のことを考えてもらえると助かる!」と心から伝える。これはパセージなら『ふたたび勇気づけ』なのかな~?

子どもたちは、私が今忙しいのを知っている。でも、だからと言って特別、私に気を遣って配慮してくれるほど大人じゃない。

だけど、私がマイナス感情をもたずに関わる工夫や努力をするだけで、その場面場面で「自分にできる協力」をしてくれる!

些細なことばかりだけど、そんな小さな協力に助けてもらって、この多忙な毎日をむしろ「いい時間」とさえ思いながら乗り切る日々☆

パセージはちょうど3章が終わったところ。3章最後のページの最後の段落「4.子どもを援助しよう」が身に染みる。

"人間は一人で生きていくことはできません。いつでも誰かの手助けがないと生きていけないのです。子どももそうですし、大人もそうです。ですから、親は子どもを援助しなければなりません。もちろん、子どもも親を援助してくれます。そうして助け合って生きるのが家族なのです。子どもを支配するのでもなく、子どもに服従するのでもなく、対等の仲間として子どもを援助して暮らしたいと思われませんか?"

心からそう思います!!!「そうして助け合って生きるのが家族なのです」の部分が大好きな私。助け合って生きています。(*^_^*)


【2016年2月10日 藤田 寿花】

家族会議の力

ここ最近、毎晩のように長男(7才 以下D)と長女(4才 以下H)で『どちらがママの隣で寝るか』のケンカがおこっていました。

おたま(次女 1か月)が産まれるまで、私が真ん中で3人川の字で寝ていたのが、私の隣におたまが来ることによってDが私の隣で寝れなくなったのです。

最初は我慢してくれていましたが、最近になってDに
「Hばっかりママの隣でズルい!!」
「ぼくだってママの隣がいい!!」と不満が出てきました。
けれどHは絶対に私の隣を譲ろうとしません。

ある晩ついにDが無理やり私の隣に来ました。
するとHが
「Dちゃん、あっち行ってよ!!」と寝ているDを、寝そべったまま足でバンバン蹴り続けました。
見かねたパパが
「いい加減にしろ!!」と怒ってHを抱っこして連れて行ってくれてその日は収まりました。

次の日の朝、
「家族会議開いてくれる? 議題は『寝る場所について』」とパパがリクエストしてきました。私は、
「いいよ。」と言いつつも、
(あぁ、この会議は何も決まらずに決裂するだろうな・・・。)と思いました。
だって、毎晩のように喧嘩して、
「毎日Hちゃんばっかりズルい!!」とDが訴えても、私が
「たまには交替したら?」と提案しても、全く譲らない長女が会議で譲るとは思えなかったからです。

迎えた今日の家族会議
パパ「ママの隣で寝るのは、毎日交替するようにしたらどうですか?」
始めこそ「僕が(わたしが)ママの隣がいいです!」と言い合っていた二人でしたが、「ママも交替した方がいいと思います」とか「交替ってどうやって?」とか、冷静に話し合っているうちに、やがてどちらからともなく「分かった。交替で良いよ。」と言ってくれました。

そしてDが
「今日は僕が隣!!」というと、驚いたことにHが、
「じゃあ、Hは明日隣!!」と譲ってくれました。
私は、ビ~~~ックリしました。(@@)あのHが・・・!!
家族会議の力ってすごい!!

2人が寝た後、パパに
私「Hちゃんが譲ってくれて見事にまとまったね!わたし実は決裂するだろうと思っててん。家族会議を提案したとき、こんなにうまくまとまる勝算があったの?」
ときくと、
パパ「まとまらないかもしれないと思ったけれど、解決するには家族会議しかないと思ったから。」
と。

家族会議って素晴らしいなぁ~・・・と今日も心から感動しました。


【日浦 知子 2016年1月6日】

朝からご機嫌さん

先日の行方不明が(野球で言うなら)「場外ホームランならぬ場外ファウル」ら、
今日の朝のばあちゃんは、「遠征」。

施設のスタッフさんがお迎えに来た時、姿が見えなかったので、前の道を見にく
と、ほらほら、西の方から手を後ろに組んで歩いて帰ってくるばあちゃんがいる。
手招きしたけど我関せず・・。なので、釣りのリールを巻くように手をグルグル
させると、手をほどいて帰ってきた。ま、歩く速度は変わらないけどね。ばあち
ゃん釣れた~~

釣れたばあちゃん、最近は妄想の世界に生きているようで、ニコニコしながら何
か言っている。
「あっちの%#8#'@7%!~¥・・・」

すみませぬ、最近ばあちゃん語、訳せないんですよ。
仕方ないので、
「そっかそっか」と応えて、お迎えのスタッフさんにバトンタッチ。
毎朝、お迎えの車が来てくれるなんて、最近のお年寄りは豪ジャスやね。

そういや私の車も、ほとんどばあちゃん以外乗らないという。
何かあれば、速攻で駆けつけるし、病院の付き添いもワタシの車。
私はばあちゃんのお抱え運転手やな。


【M.Y (徳島)2014年11月28日】

ばあちゃん行方不明になる

とうとう、この日がやってきたかとおもいました。

昨日昼過ぎ、ばあちゃんが施設からいなくなって、スタッフの方が近所を探した
のですが見当たらず、警察にお願いしたいのですが、了承してもらえますか?と、
夫のケータイに連絡あり。そこからさらにワタシに連絡がきました。そーか、順
番は息子→嫁なんだと、変なところにホッとして、納得しつつ車を走らせました。

施設に着くと、スタッフさんが気がつくといなくなっていたこと、手分けをして
探してくれているけど、まだ見つからないことを、手短に話して、あとは平謝り
だったんですけど、いつかこんな日は来ると思っていた嫁は、わりと冷静に、近
所を探しに出ました。

幸いなことに、大きな用水路はあるものの、水は流れていない時期なので、以前
のように滑り込んでいないか、橋の下などを覗き込みながら、30分くらい歩き
まわっていました。
そうした時にまた夫から、ばあちゃんがみつかって、軽いけれど怪我をしている
ので病院へ行って・・との連絡が。
急いでスタッフさんにお礼を言い、保険証などを取りに家に寄り、今度は病院へ。

ばあちゃんは救急処置室で横になり、施設のスタッフさんがついていてくれまし
た。みると、右額に擦り傷がありますが、私をみると、「どうしたん?」と。
お~いおい、、どうしたん・・は、ないだろうよ・・とおもいつつ、警察の方に
簡単な調書をとられまして、次は病院の先生の説明がありました。

ここではじめて、警察の方がばあちゃんをみつけて下さり、救急車で病院へ搬送
されたことが判明。みなさまにご迷惑をおかけしました。
幸いなことに、CTスキャンの結果も、今回のこけて額を打ったことによる脳内出
血などはないとの診断が出て、いちおう安堵しましたが、あとから出てくること
もあるので、1カ月後にはもう一度再検査を・・という運びになりました。

それと、脳外科の先生がCTスキャンをみて、「脳の委縮がかなり進んだ状態」だ
と言われたことで、最近の認知症の進み具合がここで一致したことに変な納得を
してしまったのでした。確実に次のステップに入った感じですが、とりあえずの
次の限界はどこに置こうかなと思案中~


【M.Y (徳島) 2014年11月12日】

父からのメール

昨夜パセージの帰りに、田舎から出てきた父と姪っ子たちと待ち合わせをして
天王寺で食事をしてきました。

そんな中に、高1の長男も来てくれました。

長男は、あまりしゃべるわけではないのに、
みんなとその場でいてくれて、一緒に御飯を食べてくれるってありがたい

穏やかな食事の時間の中で
父が私に最高の言葉のプレゼントをくれました。

おまえ、変わったな~
愚痴をいわなくなった。

アドラー心理学を勉強してるのよ。

ほぉ、そうか!
なんか講師みたいやなぁ~

実は、父(育ての親)には、子供のころとても厳しく育てられ、
どんなことをしても
認められた気がしませんでした

がんばっても、認められない。

そんな父に反発するように、高校の頃になると、
父としょっちゅう権力争い。

認めない父に負けたくなかったんでしょうかね。

父からの愛情が、私には伝わっていなかったし、
どうせ私は、本当の子供じゃないから・・・

とそのことにこだわり、劣等感の塊でした。

距離と時間、そしてお互いの成長。

最近、父が私を認めてくれるような言葉をいってくれます。

お前は、誰よりもよくがんばっていた。

とか・・・
(言ってくれればよかったのに・・・)

食事の帰りに、なんか服かったろか?
と、長男ではなく私に(苦笑)

子供じゃないよ。といいましたが、
気持ちが嬉しかった~~~

そして、今父からのメールが。

何か忘れている。
子供に小遣い渡すこと・・・ごめん。

だって!

気持ちだけいただいとくね。
ありがとう

いつも争っていた関係から、
思いやれるお互いを尊重できる関係になれたこと。

今ふたたび、育ててもらったことに感謝です。
ありがとう、お父さん・・・


【H.F(大阪)2012年9月23日】