2012年10月アーカイブ

1.はじめに

 わたしはアマチュアとしてアドラー心理学を学んでいます。練成講座は有資格者の為の講座です。今回、幸いにも参加することができました。このことは《アドラー心理学がいかにわたしたちに開かれた学問であるか》ということのひとつの表れだと思います。わたしは野田俊作先生が開発された新しいエピソード分析を学びたいと思いました。しかし、知識も乏しく経験も浅いわたしに理解できるのか不安でした。そんな時、野田先生の最新論文を送っていただき、予習する機会を得ました。その中で『(アドラー心理学の)カウンセリングの目標は、問題解決(problem solving)ではなくて人格成長(personal growth)だと考えている』というsentenceが印象に残りました。人格成長(personal growth)を目標としたカウンセリングとはどんなことか、という問いを胸に抱いて参加しました。


2.アドラー心理学のカウンセリング

 講座は、実習してみて成功したカウンセリングを発表するという流れで進みました。はじめに野田先生からご説明がありました。エピソードを聴き取った時点で、カウンセラーは、クライアントに何を学んでもらいたいかという目標を立て、そこへと至るシナリオを素早く書いて持っていなくてはなりません。なぜならば、カウンセリングの最後に「何を学ばれましたか」と問うことが出来るシナリオを持っていなければ、問いを組み立てることができないからです。新しく学ぶことで、クライアントが今までの使い慣れたパターンから抜け出し、今後似たような場面でも人びとと協力し解決できるように援助したいと考えているからです。つまり問題を解決するだけではアドラー心理学のカウンセリングとしては不十分だということです。

 ある先輩がカウンセリングをされました。ところが点数は70点、認知行動療法だったら満点だけどね、という結果でした。わたしはこの時、あんなにスムーズにカウンセリングが進んだのに、なぜ30点も減点されたのだろうと不思議に思いました。夕食時に話しを伺うとその先輩アドレリアンは「正当な評価だと思います。アドラー心理学のカウンセリングの目標は、ヨコの関係で協力的に問題を解決することを学ぶこところにありますから、わたしがカウンセリングの中でそれを目標にできなかったということは、わたしがふだんからヨコの関係では生きていないということを現していると思います。」と応えてくださいました。


3.新しいエピソード分析

 新しいエピソード分析について野田先生は、西洋語では感情を手がかりにして劣等感を推量できるのに対して、日本語では一般に感情と考えとを区別しないことから、学習者にとって感情を手がかりとしたカウンセリングの進め方が必ずしも上手く進まないという反省からこの新しいエピソード分析法を開発した、とお話しになられました。わたしは今年7月にリトアニアで開催されたICASSI(注)に参加しましたが、その時の経験を思い出しました。「I feel~」(わたしは~と感じる)と言えば、先生もクラスメートも次には「Because~」と説明がくるのを待っていました。わたしが言葉を続けなければ「Because?」と必ず問われました。なるほど、先生やクラスメートはわたしの考えを知りたかったんだなと改めて思いました。

 新しい分析法はprotagonist(主人公)がantagonist(相手役)のどの行為(ライフタスク)に、どんな行為をしたか、それはどうしてか、その行為によって何を解決したかったのか、その解決目標は協力的か競合的か、競合的であれば、どうすれば協力的となるか、協力的であれば、どんな工夫ができるか、を話し合うことだと理解しました。クライアントとカウンセラー双方からありありと観察できるエピソードの中のprotagonist(主人公)の行為を見つけ出し、そこからカウンセリングが出発するという、なんと分かりやすい方法なんだろうと、わたしは感激しました。

 新しい分析法では、行為に注目するという特徴があるように思います。先生のご説明を聴いたことで、では感情とはどういう役割をしているのだろうかと考えるきっかけになりました。そしてアドラー心理学の学習者の間でよく使われるフレーズ「その感情の目的は何ですか」が頭に浮かびました。


4.実際にカウンセリングをさせてもらって

 わたしもカウンセリングをさせていただきました。結果は「失格」となりました。実習で成功した(少なくともわたしはそう思っていました)のに、なぜ失敗したのか改めて考えてみました。

 実習ではクライアント、カウンセラー、書記兼相談役の3人一組で行っていました。わたしは実習で困るたびに先輩に相談していました。その結果2回目になんとか「何を学ばれましたか」と問うことができました。ということは、実習での成功は、同じグループのお仲間の協力と忍耐強いご指導の賜でした。
つまりわたしは、自分で人格成長(personal growth)を目標とするシナリオが書けていませんでした。

 わたしは、カウンセリングの時間が近付くにつれ、激しく緊張し、何とか落ち着こうとしました。エピソードを拝聴した時点でも、わたしは、クライアントさんに学んでもらいたい目標を見極めることができませんでした。その結果、クライアントさんから「お役に立てずにごめんなさい」という言葉を引き出すことになってしまいました。人格成長(personal growth)どころか、わたしは優しくて勇気のあるクライアントさんに多大な負担を強いてしまいました。クライアントさんは、わたしを助けようと必死に協力してくださいました。書記として控えてらした先輩がどんな思いで見守り応援してくださったか、ご両名の心中を察するに余りあります。せっかくわたしたちに分かりやすいようにと新しい方法を開発されたのに全てをご覧になっていた野田先生の胸中はいかばかりかと、申し上げる言葉もありません。この場を借りて、深くお詫びするとともに、ご協力に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 わたしは緊張することで失敗することへの言い訳を準備していました。今思えば、ある程度織り込み済みの失敗だったと思います。それにもかかわらず臆病なわたしが果敢にもジャンプできたのはなぜかと不思議に思いました。一緒に参加した仲間たちが入れ替わり立ち替わりにきわめて自然にクライアントさんを勇気づけてくださっていました。そして、わたしにも、出来ていたことは何か、出来ていなかったことについては率直に「どうしてか」と問うて、ともに考え勇気づけてくださいました。相互尊敬、相互信頼、協力、目標の一致に基づき、安心して挑戦できる場を作っていただいていたからこそ、わたしはジャンプできたのだと思います。改めてアドラー心理学の奥深さを感じ、わたしもこういう場を作れる人になるんだと決心を新たにしました。


5.アドラー心理学の実践とは

 野田先生は講座中に「人は一度にたくさんのことは学べません」と繰り返しておっしゃっていました。カウンセリングでは開いた質問など様々なテクニックを使いますが、それらは全て協力的に問題を解決するというアドラー心理学の目標に向かっていることを改めて学びました。カウンセリングは語りを中心に行いますので、普段から言葉に敏感であって欲しい、その為に文学の勉強やアドラーやドライカースの本を読むことなどを面白がってすることが必要だとも習いました。また練成講座の他にも様々な講座が提供されていますので、そういう場で仲間と学ぶことは楽しく有意義なことだと思います。けれども一番大切なことは、自分がいかに毎日人びととの協力について考え、実践するかにあるのだと思います。人格成長(personal growth)について、自分のライフスタイル、すなわち繰り返し行っている誤った行動の目的に気付くと最初は痛い思いをします。しかし最近、徐々にですが、そこにこそpositiveな側面があるのではないかと感じるようになってきました。分かってしまえばシンプルで、今までnegativeな方向へ引っ張っていた、そのとても強い力を自分自身で調整することでもって協力的目標へと送り込めばいいのだと思います。実践とは、このことをわたしが、毎日、毎日、体感しながらひとつひとつの行いを点検していくことだと思っています。

 野田先生、ご一緒させていただいた全ての皆様、そしてこういう機会の準備に汗をかかれたスタッフの皆様に感謝申し上げます。いつもわたしは素晴らしい先生方と先輩と仲間とともにここにいます。本当にありがたいことだと思います。

 このささやかな体験記によりアドラー心理学の豊かさ、温かさ、そして奥深さを感じてもらえれば、それが何よりの喜びです。

注) ICASSI(The International Committee of Adlerian Summer Schools and Institutes)2013年はオランダで開催されます。


【小浦博子(岡山)】