2013年2月24日アーカイブ

 少し久しぶりの例会とピンワークにちょっとドキドキしながら参加しました。私の早期回想は、小学校6年生の時のこと。休憩時間に友達と二人でトイレに行っている時、トイレの扉を蹴飛ばして入ろうとして、通りかかった担任に怒られたというものでした。私は、この早期回想を出して、6年生の頃の自分の話を聞いてもらっていて気づいたことがありました。

 5年生くらいまでは先生に怒られるような子どもではなかったのに、その頃の私は、たまに不適切な行動をしては先生に怒られていました。例えば、男子と上履きのまま外でチャンバラ、週番をさぼる、買い食いなど。この不適切な行動の目的は、担任の先生が嫌い。でも本当は先生に好きになって欲しい、自分に注目して、認めてほしいからではないかと思っていました。

 けれど、今回仲間から、「あなたのそんなところ(激しいところ)もあるってことを知ってほしかったのでは?」「イライラしてたんじゃない?」と言葉をかけられて、はたっと気づいたのです。

 小さい頃から、親に心配かけないようにと思いながら生きてきた私は、親に反抗したという記憶がほとんどありません。そして、思春期に入った6年生の頃はたまらなく不安で苦しくて、しんどかった。一度、信頼していた先生に相談したことがあったけれど、不信感だけが残り先生には相談できないと思ったのもこの頃でした。その当時も、今もあの頃は不安定だったなあって思っていたけれど、「イライラ」「常にイライラしていた」というふうに感じたことはなかったので、今回この言葉を言われて、不安でごまかしていたけれど本当はずっとイライラしていて、それが不適切な行動につながったのだと納得しました。

 6年生の私は、どうしようもない不安や苦しさ、イライラを本当は誰かに聞いて欲しかった、大丈夫だよと言葉をかけて欲しかったのだと思います。

 「今、そんな子がいたらどうする?」と聞かれ、「話を聞きたい」とすぐに答えながら、養護教諭という仕事をしているのは、この時がスタートで今に繋がっているのだと改めて思いました。


【S.K(三重) 2013年2月】