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自助グループ


先日、流山の自助グループに参加してきました。
流山は私のホーム自助グループです。今住んでいる横浜から「千葉のチベット(笑)」と呼ばれる流山までは片道2時間弱かかるのですが、その距離感も会の雰囲気も、なんだか里帰りの気分にさせてくれる場所です。

会の内容は詳しく書けませんが、やっぱり自助グループっていいですねぇ~。なんというんですかね~、あの雰囲気。お互いを昔から知っている仲のよい親戚がつどう場。なんだか真ん中に囲炉裏がありそうな、そんな雰囲気がありますよね。

十年以上一緒に学んでいる方々もいるので、自分もその方も、そして相手役も成長してます。しかもロールプレイで相手役とかやるじゃないですか?何年ぶりかで同じ相談者の相手役をやらせていただくと、小学生だった子が中学生とかになってるんですよ。なんだか、親戚のおじさんになった気分ですよね。

エピソードの質もいろいろで。日々の積み重ねの実践エピソードや、家族がライフステージをひとつ上がる際の象徴的なエピソードや、相手役が本当に困っている時のエピソードなど。その時その時の物語をみんなで一緒に考えて、協力的な代替案を紡いでいこうと力をあわせます。そして、その結果を、またわかち合います。「苦楽をともにする」とはまさにこのこと。そうやって、学び合って成長していくって、本当すごいことですよね。

もちろん、囲炉裏の真ん中にはアドラー心理学の灯火があります。この灯火を、そして自助グループという場を、私は絶対に絶やしたくないです。

専門家同士が集まる場も私は必要だと思います。守秘義務とかありますしね。でも、自助グループも絶対に必要だと思います。自助グループには、専門家と非専門家の区別もないですからね。学びの過程や、人生経験での先輩後輩とかはありますが、その時に与えられている役割に、それぞれがベストを出し合えたらいいと思うんです。アドラー心理学を実践するひとりの人間として。

専門家と呼ばれる人たちにも、自助グループ活動に参加することって大切だと思うんですよね~。そこで自分も相談をしながら成長し続けていくことが、必要だと私は思います。そこから得られるものは、専門家だけで集まって活動するグループのそれとは、また違う味わいがあると思います。自助グループ活動に身を置いている職業的「専門家」の雰囲気が私は好きですし、きっとアドラーもそんな雰囲気を身にまとっていたのだと思います。

なんだか『アドラーの思い出』を久しぶりに読み返したくなりました。アドラー、ドライカース、シャルマン、野田先生と考えると、『アドラーの思い出』の中のアドラーを、ひいひいおじいちゃんくらいに感じられるんですよね。

さて、午後も仕事がんばろっと。


【村上 透(神奈川) 2019年11月】

2月26日 Adlerjala 定例会


更新がたいへん遅くなってしまいましたが、2月26日に Adlerjala 定例会を行いました。
ご参加くださったみなさま、ありがとうございました!


この日の参加メンバーさんは3名、それから0才〜3才の小さい子どもさんたち3名でした。
自己紹介をして、「アドラー保育」の歌を歌いました。
今回もエピソードをたくさん聞かせていただきました。
小さい子どもさんたちのお話は、とってもかわいらしいです!
事例をお話してくださるお母さんたちも、子どもさんのことをとても思いやっていて、
すてきですね!と、みなさんとにこにここしながら聞きました。
でも、お母さんたちは気になることがあるからエピソードを出してらっしゃいます。
「アドラー保育の歌」と、パセージの「子育ての目標」を参考にして、
お母さんたちの気になることって、いったい何なんでしょうね?と話し合いました。


今回使わせていただいた3つのエピソードは、外出先でのお話でした。
「アドラー保育の歌」2番の
♪ いけないこととすべきこと 理由をちゃんと説明し
 わかってもらって選ばせて その他は自由にまかせよう ♪
を中心に話し合いました。

子どもさんのすることは、3つに分かれます。
・いけないこと
・すべきこと
・その他

例えば、
・お店の商品を勝手に触ること=いけないこと
・お店で静かにすること   =すべきこと   
と考えることができます。
これは世の中のルールなので、ぜひ子どもさんにわかってもらって、守ってもらいたいことですね。
お母さんも子どもさんも落ち着いた状態で、このルールについてお話をすれば、
子どもさんは守ってくれそうだと事例提供者さんは言ってくれました。
この3才の子どもさんは、お母さんのお願いを聞いてくれて、
この日の定例会の間、ごきげんで静かに遊んで過ごしてくれました!ありがとうございました。
私たちは、小さい子どもたちとも協力することができるんだなあと、
あらためて気づかせていただきました。


では、1才の子どもさんが
・あいさつすること
・寒い日に上着を着ること
は、「すべきこと」でしょうか?
・あいさつしてくれた人を知らんぷり(無視)すること
・薄着で出かけること
は、「いけないこと」でしょうか?
もちろん、子どもたちにはあいさつができる人になってほしいですし、気候に合った衣服の調整をしてほしいです。
ですがこれらは、今守るべきルール(いけないこと、すべきこと)とは少し違って、
その他に当てはまることかもしれません。
徐々に身につけてもらいたいこと、学んでいってもらいたいこと、と考えることもできそうです。
子どもたちに学んでもらうために、どんな工夫ができるかということを
パセージでは詳しく学んでいきます。どうぞお楽しみに!



今回は、陰性感情のひとつである「不安」についても話し合いました。
前回は「怒り」について話し合いましたが、
不安は未来のできごとについての陰性感情、怒りは現在のできごとについての陰性感情だ、と
私は野田先生からお聞きしたことがあります。
「こんなことをしていたら、将来この子はこんなたいへんなことになってしまうかもしれない」
って不安に思うこと、私もあります。そしてとても苦しい気持ちになってしまいます。
でも実際は、子どもは私の思うほどたいへんなことになんてならないんですが...。

「アドラー保育の歌」1番を歌いました。
♪ まず感情をおちつけて よい関係を保ちましょう
 いけないところは気にせずに できたところはよろこぼう ♪
不安な気持ちのままでも、よい関係を保つことができません。

パセージテキスト30Lを読み合わせもしました。
陰性感情にまず気づくこと。
それから
1、感情の目的はなにか
2、この感情でもって目的は達成できるか
を考えてみます。

そして、自分の子育てや子どもさんのことが不安になったとき、
まずは子育ての目標を思い出してみませんか?と、おすすめしました。
<子育ての心理面の目標>
 私は能力がある。
 人々は私の仲間だ。
<子育ての行動面の目標>
 自立する。
 社会と調和して暮らせる。

私たちには能力があります。
そして、私たちには仲間がいます。
みんなたくさん失敗しますし、
私もパセージの実践ができないことがたくさんありますし、そのことで落ち込む日もありますが、
でもこうして共に学ぶ仲間がいてくれて、ほんの少しずつでも、前に進んでいます。
私たちも自立して、社会と調和して暮らせるように、毎日成長していっています。
私たちの子どもたちはどうでしょう?
ぼくには能力があるぞ、お母さんはぼくの仲間だぞ、って思ってくれているなあ
って思いませんか?
子どもたちが自立して社会と調和して暮らせるように、たくさんのことを学んでいってほしいです。
その学びを、応援し、援助していけたらと思います。


今回は、みなさんに私のエピソードも聞いていただきました。
たくさん勇気づけてくださって、本当にありがとうございました。
実は2月から3月にかけて、私が長男(小学2年生)の子育てに悩んでいました。
Adlerjala 定例会をなかなか開けなくて申し訳なかったです。
この機会に、パセージをいちから丁寧にやり直してみました。
本当にパセージの理屈通りだと実感しました。
私の行動が変われば、長男の対応も変わりました。
春休みは落ち着いて過ごすことができ、新学期を迎えて、今はようやく落ち着いた関係を保てています。
これからもパセージの実践をがんばっていきます。


【松村美穂(鳥取) 2018年4月】

エンカレッジ金沢 10月例会

今回の事例は、小学2年生の男の子の食事の仕方について気になっているというお話でした。Aさんは、子ども(B君)が食事の際に左手をだらりとおろしているのが気になり、左手も使うように話をし、食事のたびに気が付くように声をかけたり合図をしたりしているそうです。B君はその時は直しても、また左手を使わないということが数年続いているという状況です。

[事例] 昼食時、左手を使わずにラーメンを食べている (感情は-1)
Aさん:ちゃんと左手使って下さい 
 B君:はーい (感情は+1~2)
Aさん:どうして左手出して食べないといけないかわかる?
 B君:うん。お行儀悪いから (感情は+1~2)
Aさん:そうやね。この前、神戸のおばあちゃんち行った時、給食みたいなガチャガチャ食べててお母さん恥ずかしかったわ
 B君:うーん (感情は+1~2)
Aさん:おうちでお行儀悪かったら、外で食べてもお行儀悪くなるんよ。大きくなって、安倍総理大臣とご飯食べることがあるかもしれんよ。その時にお行儀悪かったら恥ずかしいよ。B君はちゃんとご飯の食べ方教えてもらってないな、って思われるよ
 B君:えー、僕、安倍総理大臣とご飯たべるんか

参加者の質問より
Q:Aさんは、どこが一番困っていますか?
 「右手だけで食べようとしたことです」
Q:いつ、(左手のことを)言ったのですか?
 「食べ始めてすぐに言いました」
Q:その後、どうなったのですか?
 「左手を使っていたのですが、気を抜くと右手だけになって、(私が)あーっと言ったらすぐに直していました」
Q:B君の「はーい」はどんな感じでしたか?
 「わかってますよ~っていう感じです」
Q:いつごろからですか?
 「何年も前からです」
Q:左手を使うこともあるのですか?
 「お茶碗は左手で持ちます。お皿のおかずになると左手が出ないです」
Q:Aさん以外の家族の人たちはB君に注意されますか?
 「わたしのいない時はわかりませんが、注意していないと思います」
Q:家族の人たちもB君の左手のことを気にしていますか?
 「気にしていないと思います」
 (家族の人たち自身も食べ方が良いというわけではない、とのこと)


ロールプレイをし、B君の気持ちを考えてみました
 ・いつも言われていることをまた言われて「しまった」という感じ
 ・おばあちゃんの家での話、聞きたくないな
 ・お母さん、恥ずかしいの?
 ・食事が楽しくないな
 ・安倍総理大臣の話でちょっと話題を変えられるかな

子育ての目標の「私には能力がある」「自立する」「社会と調和して暮らせる」については、"感じられない"が多く、「人々は(お母さんは)仲間だ」については、"仲間だと思う""あまり思わない"の両意見がありました。

ブレイクスルークエスチョンズを使って、B君とAさんの適切な面を探します

B君は、(左手を使わないことが)お行儀が悪いこととわかっている、お母さんの話を理解している、お母さんが言っていることを守ろうという気持ちがある、感情的になっていない、長い話を聞いていて集中力がある、機転がきく、食欲旺盛といったことが挙がりました。

Aさんは、言葉遣いが丁寧、工夫して説明しようとしている、感情的になっていない、日本人として生きていくための大切なことを身に着けて欲しいと思って伝えている、等が挙がりました。

子どもに何を学んでもらえばいいのかを考えます
 ・学んでほしいことは、"左手を使って食べる"としました。

◆ここで、パセージテキスト2L (どんな場合に子どもは不適切な行動をするか)について2L1~4のどれに当てはまるか考えてみました。

2L-3かな、という意見と、2L-4 かなという意見が挙がりました。

2L-3(その行動が不適切であることは知っており、適切な行動も知っているが、適切な行動をしても望む結果が得られないと信じているとき)の理由として
・食欲を満たしたいことが優先になっているのかもしれない
・(左手を使うことは)面倒でできないのかもしれない

2L-4(不適切な行動で注目や関心を得ているとき)の理由として
・(パセージテキスト3Rと12Rを読んで)
 子どもの不適切な行動をやめさせようとする努力がかえって注目になってしまっている
・口をすっぱくして言うからこそ、子どもは不適切な行動をやめない
・不適切な行動は意識的か無意識的かわからない


子どもに学んでもらうためにどんな工夫ができるか考えました

①B君が「はーい」と言って左手をだしたことについて感謝を伝えてはどうか
   (パセージテキスト10L-3)
②B君が左手を使わないことには注目せず、B君の食欲旺盛な姿に注目して、食事を楽しくすることをしてはどうか
   (パセージテキスト4L-2,3)
   (勇気づけのうた 9)

Aさんは、左手を使わないことに触れないとどうなるんだろうといった不安のような様子があったので、①と②の2つのパターンでロールプレイをしてみることにしました。

○2つのパターンのロールプレイをしてみて
 ①のパターンの時のB君の気持ち
 ・お母さんはいつも左手が気になっているんだな
 ・お母さんを喜ばせたかな
 ・お母さんの望んでいることができたな
 ・評価を受けた感じ(横の関係ではない。上から目線)

 ②のパターンの時のB君の気持ち
 ・たくさんおしゃべりできて楽しかった
 ・(ラーメンが)おいしかった、と思った
 ・お母さんが笑顔でうれしい時間だった
 ・食事が楽しい

◆ここで、パセージテキスト10L-1,2を読んで話し合いました。
 
・お母さんが子どもに対し「こうなってほしい」という思いを持ちながらB君が左手を使ったことに感謝の言葉を言うのと、B君が(いつの間にか)左手を使うことが多く見られるようになった様子を見て、ああ成長したなと感じながら「この頃左手を使っているね」と言うのとでは、B君への伝わり方が違うのではないか
・子どもにこうなってほしいという構えでいる限り何をしても上手くいかないのではないか
・B君はもう正しい食事の仕方を知っているので、まずは不適切な行動に注目するのをやめて、どうなるか観察してみてはどうか
という意見がありました。


①よりも②のパターンの方が、子どもが子育ての目標に向かうのではないか、という意見からAさんは「いまにマナーを身に着けられると信頼する構えが大事なのですね」と納得されたようでした。そして、注目を与えずに観察してみるとおっしゃっていました。

さらにテキスト14Rを読み、課題の肩代わりについて話し合いました。注目を与えずにどうなるか観察した結果 1)ずっと左手を使わずに食べていて 2)なおかつ構えが変わったら、テキスト24Lにあるように子どもの目標を的確に知り、それを援助するために自分に何ができるか考えることもできるのではないかと話し合いました。

今回の事例では、いつも不適切な行動に負の注目をしていて、親が望む適切な行動をした時に正の注目をするのは、しばしば不適切な行動に注目するのと同じことになるということ、エピソードの中でのB君の適切なところをしっかりと見て、すでに知っていること(食事のマナー)はできるようになると信頼することが勇気づけになることを深く学べました。

Aさんは日頃からB君に様々なマナーやその他にも知っておいて欲しいことをとても熱心に丁寧に伝えておられます。それらをよく理解しているB君の成長を長い目で見つめ認めていきたいですね、と話し合えた例会でした。


【荒崎陽子(金沢) 2017年10月】



 2014年度最後の例会、仕事がなかなか終わらず、1時間半遅れの参加となった。急いで会場へ入ると、参加者は3名と少なく、途中からの参加ということもあり、しばらくは話に耳を傾けていた。前回おこなった例会の感想、日々の生活の中で気になっていること、などを話していく中で、心に残った言葉を2つ紹介したいと思う。

 まずは「あなたはアドラー心理学の何を忘れていますか?」という言葉。これは、私が気になる生徒の話をしていたときに問いかけられた言葉である。気になることがあるとついついそのことばかりにとらわれてしまいがちである。そんなときこそこの言葉を思い出し、気になることを客観的に見つめ直すことを忘れてはいけないと思った。

 次にハッとさせられたのは「気ままというレッテルの裏側にあるもの。」という言葉である。この「気まま」という言葉は子どもたちに対してよく使われる。一見「気まま」に見える行動でもその裏側にはその子なりの葛藤、ジレンマ、悩みなどが隠れていることが多い。「気まま」という言葉でひとくくりにするのではなく、その裏側に隠れているものを読み取り、援助していきたいと思った。日々接している中学生、ついつい「中学生ならこれくらい・・・。」と自分の価値判断をもって対応してしまうこともしばしば。挙句の果てには心を成長させる特効薬はないものかなどと考えてしまう。彼らの今の姿が彼らの真実の姿、それを忘れずに現実の彼らと丁寧につきあっていこうと再確認した例会となった。

 「子どものやることには、必ず裏側に悲しい意味がある。ずるさはしかたがない。同時に存している正しい勇気を失うことがいけないのだ。」(坂口安吾)


【K.O (三重)2015年1月】

アドラーの会@流山の運営

パセージを初受講してから、丸3年経つなぁ・・しみじみと感じていたりする。。

私はパセージ初受講するまでの約1年半、"素人"のまま「アドラーの会@流山」の自助グループに参加させてもらって、お世話になっていた。
そして今でも大変お世話になっているんだけれど、@流山の移り変わりとともに
自分にできることをして会の事務仕事などもさせてもらっていた。

4年半お世話になっていると、会にもいろいろと変化がある。
その変化にともなって最近、事務仕事がちょっとうまくいかなくなっていた。
事務仕事=@流山の運営に関る仕事かな。
私なりにやるべきことはやっているつもりだったけど、"つもり"で止まっていると、仲間との意思疎通が不十分で物事が円滑に進まないよね。

そんな経緯で運営陣の(私を含めた)3人と、先輩にスーパーバイザーをお願いして会議をすることにした。
せっかくだからカッコいい冠もつけちゃおうということで「第1回流山運営委員会」にした。これまでなんとなくしていた@流山の仕事を"見える化"して役割分担を明確にしようという主旨だ。

会議は大成功で、それぞれの認識を共有できたと思う。
私も自分のするべきことが具体的に確認できたので、動き方を選べるなと安心している。どう動いていいか選びかねていたみたい。そんな自分に気がついた。

「目的地に行くには地図が必要」と思っているみたい、私って。
「とにかく行ってみる、行けばわかるさ」は選ばないんだ、笑。

これからは仲間に道を聞きながら(報告・連絡・相談)、アドラーの会@流山でみんなが楽しく、パセージやアドラー心理学を学ぶことができるように働きたいと思う。
気負っているわけではないけれど、誰かがしなければならないし、今まで誰かがしてくれていたことだから。

そんなわけで、みなさん、今後ともよろしくお願いします。


【三浦 裕子 2014年3月25日】

 10月の例会でも、前月と同じ「最重要観察記憶法」というワークにチャレンジした。私の早期回想は、次のようなものだった。

 小学校の4、5年生頃、弟とみたいテレビ番組のとりあいから、けんかになった。母に「二人とも、けんかするんやったら家から出ていけ。」と怒られた。私と弟は、家から出ていき、二人で小学校の方までしばらく歩いて家に戻った。家に入りづらく外で座っていると、父が「二人とも、家に入れよ」と言ってくれた。家に入ると、母も何も怒らず私たちを受け入れてくれてほっとした。その後、家族で夕食を食べた。

 この早期回想は、私にとってよい思い出として記憶に残っている。弟とけんかをして、怒られたけれど、けんかをした弟と一緒に歩きながらクールダウンしたこと、父が優しく言ってくれた言葉や、母が夕食を作りながら待っていてくれたこと、後からグチグチと怒られず受け入れてくれたからだ。

 私の家族は、何かをはっきりと頼んだり、断るという意思表示をあまりしない家族だった。そうすることよりも、家族がこうしたら喜ぶだろうとか、こうしたら助かるだろうということを思って何も言わずに動いてくれるということが多かった。私が、頼んでいないことを、何も言わずにやってくれて、やってあげたわよという押しつけもなかった。周りの様子をみながら何か手助けをしてあげるということを大事にする家族だったと思う。

 こんな家族の中で育った私は、こうしたら相手が喜んでくれるかな、役に立てるかなと思って行動することが多く、そのことが結局はおせっかいになってしまうことも少なくない。自分でも、気をつけているのだが、私の行動がおせっかいのラインに突入しないことが私の課題だとつくづくそう思う。

 それに、父は私たち姉弟をまったく怒らない人だった。そのためか、私は、人に怒られることがとても怖いし、人を怒るということも苦手だ。人の怒りに触れた時、固まって何も言えなくなってしまうし体も硬くなってしまう。

 このワークを通して、今の自分について、改めて気づいたり、納得することが多くあった。

 それに、現在の気になっている、不登校の生徒の事例を重ねてきいてもらった。親に何度も裏切られ、充分な愛情をもらうことができずに、大人を信頼できない彼女、私は自分が考えられるやり方でいろんなことを試みてきたが、彼女はなかなか心を開いてくれずにいた。今回、早期回想とこの生徒のことを話しする中で、「あなたの家族と、不登校の生徒の家族ってとても違うんじゃない。今までとは違うやり方でやった方がいいのでは」というアドバイスをもらい、なるほどと思った。

 でも、今までと違うやり方?どうしたらいいのだろう?と戸惑い悩みながらも彼女と向き合う日々を過ごしている。

 「知らん」「うざいわあ」という言葉を言いながらも、「私は傷ついてる」「本当の愛情が欲しいんやよ」「私の理想の家族はね、、、、」なんてことを最近は少し話ししてくれたりもする。


【S.K (三重)】

 少し久しぶりの例会とピンワークにちょっとドキドキしながら参加しました。私の早期回想は、小学校6年生の時のこと。休憩時間に友達と二人でトイレに行っている時、トイレの扉を蹴飛ばして入ろうとして、通りかかった担任に怒られたというものでした。私は、この早期回想を出して、6年生の頃の自分の話を聞いてもらっていて気づいたことがありました。

 5年生くらいまでは先生に怒られるような子どもではなかったのに、その頃の私は、たまに不適切な行動をしては先生に怒られていました。例えば、男子と上履きのまま外でチャンバラ、週番をさぼる、買い食いなど。この不適切な行動の目的は、担任の先生が嫌い。でも本当は先生に好きになって欲しい、自分に注目して、認めてほしいからではないかと思っていました。

 けれど、今回仲間から、「あなたのそんなところ(激しいところ)もあるってことを知ってほしかったのでは?」「イライラしてたんじゃない?」と言葉をかけられて、はたっと気づいたのです。

 小さい頃から、親に心配かけないようにと思いながら生きてきた私は、親に反抗したという記憶がほとんどありません。そして、思春期に入った6年生の頃はたまらなく不安で苦しくて、しんどかった。一度、信頼していた先生に相談したことがあったけれど、不信感だけが残り先生には相談できないと思ったのもこの頃でした。その当時も、今もあの頃は不安定だったなあって思っていたけれど、「イライラ」「常にイライラしていた」というふうに感じたことはなかったので、今回この言葉を言われて、不安でごまかしていたけれど本当はずっとイライラしていて、それが不適切な行動につながったのだと納得しました。

 6年生の私は、どうしようもない不安や苦しさ、イライラを本当は誰かに聞いて欲しかった、大丈夫だよと言葉をかけて欲しかったのだと思います。

 「今、そんな子がいたらどうする?」と聞かれ、「話を聞きたい」とすぐに答えながら、養護教諭という仕事をしているのは、この時がスタートで今に繋がっているのだと改めて思いました。


【S.K(三重) 2013年2月】 

ルマー・キタ 例会&新年会

 昨日はルマー・キタの例会と新年会がありました。
 
 例会は、メンバーさんの親子が野田先生の公開カウンセリングを受けられたときのライヴ録音を聞いて、感想を話し合いました。小学4年生のT君が、しっかりと筋の通った意見をどうどうと発表していることに私は感動しました。野田先生が「子どもは子ども扱いしていると、いつまでも子どもとして行動する。大人として接すれば、大人として行動し、大人としての責任を果たすようになる」と過去におっしゃっていましたが、その見本を見せていただいたようなカウンセリングでした。このように親子が話し合うことができれば、子どもはしっかりと自立できるし、その持っている能力をまっすぐに伸ばすことができるだろうなと私は思いました。
 
 私は大晦日の日のブログに「赤ちゃん、あなどるべからず」というテーマで書きましたが、「子どもをあなどるべからず」です。子どもは小学高学年ともなれば、大人と同じ目を持つようになっています。それなのに私も含めて多くの親は、自分の子どもを子ども扱いし、親が子どもの行動の線路を決めてしまい、余計なトラブルを起こしていないだろうか。子どもの才能をつぶしていないだろうか。そんなことを考えさせられた野田先生のカウンセリングでした。

 そして、新年会は「おうちキッチン」という家庭料理の店へ場所を移して行いました。この店の方々は皆さんがアドラー心理学を学ばれていて、店の方との会話がとても居心地のよいものでした。

 今日は妻に「飲み過ぎないように、食べ過ぎないように」と言われて出かけたのですが、美味しい料理と美味しいお酒を目の前にして、ついつい食べ過ぎて、飲み過ぎてしまいました。自己責任です。

 口が軽くなり、余計なこともしゃべってしまったかな?時計を見ると、もう11時を過ぎようとしていました。私はあわてて「もう、タイムリミットです」と盛り上がっている会話を打ち切らせていただきました。最終電車にぎりぎり間に合い、駅に着いたのが今日の0時34分でした。メンバーさんはちゃんと家まで帰宅できたかな?


【棗田 眞一 2013年1月19日】

12月の那賀みち

師走の風がちょっと冷たい12月の那賀みちは、いつもの支援センターが選挙で使われたため、那賀川町民センターで行いました。

参加メンバーさんは6人+4歳のイケ面君。
私も4カ月ぶりでしたが、3~4年ぶりのメンバーさんや先月の講演会に来て下さって那賀みちは初めてのメンバーさんもおられて、新旧はありましたが、小人数でゆったりとした会になりました。

この日の話題は、自己紹介の時に出た、いわゆる生活習慣についてのこと。
しかも、話題を出して下さったメンバーさんが気になっていたのは、宿題のしつけのことでした。
おおむねの経過の話を聞いたうえで、みんなで宿題の意味について話をしていきました。
同じ宿題でも、きちんとしていく子、適当にやっていく子、やっていかない子、学校でやってしまう子、朝やる子・・・それぞれです。それから、子どもも家ではゆっくりしたいだろうと考える方、宿題は、学校で勉強しての残業・・と意味づけるメンバーさんもいて、宿題の意味って何だろうと考えさせられました。
お母さんによると、以前はちゃんとしていたけれど、ある時期から家ではするのを嫌がるようになったということでしたが、そのころ何かあったのかなと想像はできますが、いま、原因を探しても仕方ないことです。

・・・と、このあたりで、私は4歳のイケ面君と、お外に遊びに出ましたので、以下は後からメンバーさんにお聞きした内容によるものになります。

お母さんによると、学校の先生とはいろいろ話ができていて、放課後に学校で宿題してもいいとか、日記だけを家で書いてくるとか、いろいろ配慮や理解もあるとのこと。でもやっぱり、家でも勉強としての宿題をすることは大切なのではないかと考えのお母さん。

もちろん、どれが正解というものでもありませんが、今回はお母さんの意をくんで?、「しなくてはいけないものとして、宿題を(生徒の)仕事」としてとらえて、やる場所ややる時間や協力について、子どもと話をしてみることになりました。
あと、アドラー的には宿題を通じて、子どもが能力があると感じられたり、お母さんが仲間と感じられるように、対応できたらOKかなというようなお話も出たとのこと。また、ただ宿題の場面だけでなくて、テキスト3-Lを読み、「正の注目」ができる他の場面を探しながら、「負の注目」になる感情も意識しながら暮らしてみることも提案したそうです。

お母さんは、感情について、あまり意識したことなかったし、いろいろと学んだこともあったと感想を言われていました。

いわゆる躾(生活習慣)として宿題をとらえて、オートマティックにしてしまうと、母は楽かもしれません。でも、それではなんだか、ほんらい味わえるはずの学びの楽しさも色あせてしまいそうにも思われて、もったいない感じがします。
宿題に限ったことではありませんが、躾はオートマティックなものではなくて、子どもが自ら自立に向かえるように、また学校という社会で、小さくても自分の役割を果たしながら、協力できる子どもになるように、あせらず急がず、少しずつ勇気づけていくことが、今は必要なんだろうなぁとおもいました。


【湯浅 雅子 2012年12月17日】

 

昨日は、楽しい集まりに参加させていただきまして、ありがとうございました。

午前の楽笑会風味の例会、初体験!でした。

まず、グループ全員が一緒に課題シートを書き、自力解決を目標に、自分でパセージをめくって参考にできそうなページを探すという手順がとても新鮮でした。

一緒にワークしたグループには、徳島や参加された方もいらして、こういう機会でもないとなかなかご一緒できないので、うれしい体験でした。

午後の開いた質問のワークでは、事例をお聞きして、プラスの側面に気づいてもらえるような目的をもって、一つだけ開いた質問を考えるというものでした。

これも、普段参加しているグループの枠を超えたみんなの渾身の質問によって、お話の光があたっていなかった部分にスポットライトがあたり、キラキラと輝く素敵なお話に変化しいくのがとても感動的でした。このワークでは、岐阜から駆けつけられた方とご一緒できました。

その後の自助グループの情報交換では、徳島のまんまるんカフェさんが、パセージもアドラーも初めて聞くお母さん方に、分かり易く「メガネチェンジ!」して事例の中のみんなのもっている力を見つけあって、書き取って最後にプレゼントされているお話がとても参考になりました。いつか機会がくれば、使わせてもらいたいです☆

そして、最後に、一番最初にみんなでパセージの中の好きなフレーズを書き出して自己紹介した、そのパセージカード!をぐるぐるまわして、引いていきました。

わたしへのお告げは、「5-L 適切な行動や適切な側面を探そう」でした。ついつい気になる行動に目がいってしまうので、再確認でしょうか~

帰りに、「地方ではこんな風に自助グループ同士、集まる機会があるみたいやけど、関西ではグループ同士が集まるのは地方会くらいやから、いい機会やったね」という話が出ました。

グループの枠を超えて交流し、情報交換できるのは、仲間の輪が広がってとても有意義な機会だなあと思いました。何より、とっても楽しかったので☆

北風さま、みなさま、ありがとうございました。


【三木 花子 2012年6月25日】