アドラー・パレット (KAGニュースレター 2012年3月号より)

 鈴鹿市に住む小学校の先生のSさんと親しく話すようになったのは、何年か前の練成講座でのことだった。その時の話が彼女の学校での出来事であったこともあって、ぼんやりと、三重県の北の方でも学校にアドラー心理学が広まればいいなあ、と考えていた。

 そういう思いは、Sさんの方も持っていらしたようで、一昨年秋に一度、鈴鹿で一緒に「事例検討会」をやってみた。「事例検討会」というのは、私が勤め先の学校等でやっている形のもので、課題のある生徒さんについて、その生徒さんに関わる先生たち数名がそれぞれに情報を持ち寄り、みんなで分析して援助プランを立てる会の呼び名である。いわゆる「事例検討会」とは少し趣が違う。

 Sさんは、その後昨年末から3回の事例検討会を開いておられ、私は12月と3月の2回、いわばスーパーバイザーみたいな形で参加をさせてもらった。会の参加者は鈴鹿や四日市周辺のアドラー自助グループ仲間が中心だが、少しずつ学校関係の方たちが来はじめている。

 先日の会では、小学校3年生のクラス担任を持つ先生が事例を出してくださった。その先生の気になる生徒さんについての話を参加者みんなで詳しく聞いて、その生徒さんの行動の目的やライフスタイルの一端、そういうライフスタイルが育ってきた背景などをみんなで話し合って、その後、その生徒さんのパーソナルストレングスをさがして、援助プランを立てる、という流れだった。

 こういう「事例検」というのは、アドラーを知らない先生たちにはわりと目新しいのではないかと思う。私も仕事柄いくつかの事例検に出ることはあるが、たいていは事例提供者がどれほど大変な事例かを訴えるだけとか、スーパーバイザーがパラパラと分析してしまうだけとか、あまり解決方向に沿った援助プランを立てるところまで行かない。それに、口を開くのは提供者とスーパーバイザーだけで、参加者みんなで考える、という形にはなかなかならない。

 Sさんは、この「事例検討会」に"(アドラー・)パレット"という名前をつけた。パレット上のいろんな色の絵の具を使ってみんなで援助プランという設計図を描く、という意味だそうだ。参加者ひとりひとりが違う色の絵の具を出し合って、一枚の絵を描いていく。一事例について、一枚ずつ、オリジナルの設計図。

 このアドラー・パレットにはいろんな要素が詰まっている。自助グループ、パセージ、学校(とか幼稚園)というシステム。それぞれの場所での経験があってこそ作り上げていけるものだと思う。

 いつか、三重県のいろんな学校で、アドラー・パレットのような事例検が当たり前みたいに開かれるようになるといいな。そうしたら、生徒が十把一絡げに「生徒」と呼ばれるのでなく、一人ひとりの生徒の個性的な生き方が理解され、一人ひとりが少しずつ生きやすくなれば、全体としての学校が落ち着いてくるのじゃないかと思うのだが。

 まずは、第一歩が踏み出された。


【松田 郁子 2012年3月】