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メルヘンセラピーに参加して

メルヘンセラピーに行ってきました。
小学校時代、作文の時間には「わたしは、。。。。。」と書いたまま、1時間が過ぎていくほど、作文が苦手です。

そんなわたしが、メルヘンセラピーに行こうと思ったのは
去年末、東京であった育児のアルゴリズム講座で
先生が、「わたしはもうこどもを生みませんが、もしこどもがいたら、自分が作った絵本を読んであげて大事に育てたいと思います。そうは思われませんか?指輪物語はお父さんがこどものために書いた本なんですよ」(ずいぶん前でうろ覚え)とおっしゃったのを聞いて

それは、本当にステキだなぁ。。。うっとりと思い、メルヘンセラピーにすぐに申し込みをしたのでした。

ずいぶん前に申し込みをしたので、当日までの間、何度もメルヘンセラピー講座の内容をHPで確認しました。

だんだんと、
わたしだけが、作品を完成させられないのでは?
最終日の朗読会って。。。そんな恥ずかしいことをするの。。。?
と不安に思い始めました。

案の定、講座開始2時間にしてノックアウトされました。

先輩たちの美しいメルヘン。
みなさん、本当に言葉をよく知っていて描写が美しい。

比べて、わたしは、登場人物さえきまっていません。
ボキャブラリーも豊富じゃありません。

早い段階で、強い劣等感を感じました。

だけど、劣等感を感じて良かった。

わたしは、ちょっとカッコつけたがりなところがあります。
劣等感を感じたことで、カッコつけたがりの自分がスコーンと吹っ切れました。

わたしは、わたしなりにやれることをやろう。
先生がおっしゃったことをおっしゃった順番にやってみよう。
型にきちっとあてはめよう。

とにかくそれだけが頼みの綱でした。

なんども手詰まりになり
先生の輝くアドバイスを受け、駄作でもなんでも、とにかくメルヘンの型にはまった物語を作りあげました〜〜。
おめでとうーみゆきちゃん(笑) 缶詰作家さん気分を味わいました。

これで、こどもたちに自分で作った本を読んであげられる!

このセラピーの目的は

こどもに

物事は自分で解決するしかない
奇跡はない

ことを教育するため

自分が成長するため、言葉遣いを学ぶため

なのだそうです。

自分で解決するしかない、奇跡はない、みんなで協力して解決する、知恵で解決することを学んでもらう。

主人公が敵役を倒すときにものすごく困りました。

最初、わたしは、薬を盛って、倒そうかと思いましたが
それは、アドラーでない解決方法です。それにこどもに学んでほしいことは学んでもらえません。

先生に

その方法はオススメしない。だってアドラー心理学を学びに来たんでしょう?

と言われるまで問題解決のくだりがアドラー的じゃないことに全く気付きませんでした(苦笑)

また、薬を盛って倒すっていう方法は実にずるいなぁと思いました。普段、問題を解決するときにずるい方法を使っているんだよなーわたしって。きっと。

そんなわたしなので

暴力ではなく
アイテムはつかわず
奇跡は起こさず

友人と自分の使える能力を駆使して!協力して

知恵で!!!

敵役を倒す(問題を解決する)のって難しい!!!

いかに普段そうしてないかの表れだ。

主人公が成長すると、自分自身が成長する。先生が初日におっしゃってたことを、
しみじみ感じました。

作品を作ってみると
わたしの稚拙な性格がまるで透けて見えているような気がしました。

とっても楽しい講座でした。
物語を作って、自分の劣等感、自分の知らないストレクス、普段どんな風に物事を解決しているのか。自分探しの旅に行ってきた気分です。

わたしが、今直面している問題が、物語に表れており、また別に日に書けば別の物語となるんだろうな。
また書いてみたい。

先生の輝くアドバイス無しでどこまで書けるかわからないけどそう思うのでした。

ちゃんちゃん。



【奥田 美幸 2016年4月4日】

かささぎ座2013@沼津に参加して

みなさん、こんにちは。
4月27日~29日に行われた、かささぎ座2013@沼津に参加しました。
「かささぎ座以前、以後」と私の考え方が変わったほどの深い衝撃を受けたので、お伝えしたいと思います。

野田先生が「何か最近の困った出来事はありますか?」とたずねられたので、みなさんの前で私は次のような事例を話しました。


<場面はいつも行っているスーパーにて。5分で終わる買物があった私。
その間、疲れたからフードコートのイスに座って待っているという息子。
「ここから動かないでね」と念を押し、急いで買物を済ませて息子のところへ戻ったところ、息子はじめに座っていたイスから隣のテーブルに移動していた。
そこでは小学5年生ぐらいの男の子がPSP(ゲーム)をしていた。
息子はその男の子(初対面)の隣に座ってゲームをのぞき込んでいる。>

私:あら。おじゃましています。
男の子:<言葉はないが会釈をしてくれる>
私:帰ろうか。
息子:<言葉はなく、まだゲームを見ていたそうにモジモジしている>
男の子:お母さん来たよ。
私:帰ろう。
息子:くさいよ。ママきこえた?くさいよ。<と言って、チラッと男の子を見る>
私:聞こえたけど、もう帰るよ(イラ)
息子:<言葉はなく、ニヤニヤしている>

<スーパーの外へ出て>
私:"くさい"はパパとママにしか言わないでってお願いしたよね。他の人がいるところで言うと、自分に言われたのかと思っていやな思いをする人がいるかもしれないよ。(イライラ)
息子:<ニヤニヤしながら>ごめんなさい、ママ。ママ、ごめんなさい。
私:いやな思いをしているのは誰なんだろうね。傷ついているのは誰なんだろうね。他の人だったらママに謝られても困るよ(怒)
息子:<ニヤニヤはせず、何も言わない>

<この後、車に乗って家に帰った。>


この時、私は「"くさい"という言葉はパパとママにしかいわないでね」と約束していたにも関らず他に人がいるところで言った!しかもそれを分かっていて"わざと"言っている!不適切な行動!というふうに感じました。
息子に伝えたかったことは「あなたの不用意な言葉で傷つく人がいるよ」、「約束は守ってほしい」ということだったと思います。

これをかささぎ座では、お芝居にするのです。
野田先生がされた演出は、台詞は変えずに立ち位置を変えてみましょう、ということでした。
実際のフードコートの場面では、私はテーブルを挟んだところで立って息子を見下ろしていました。
それを、息子の後ろへ回り込む。しゃがんで肩にぽんぽんと触れ、目線を合わせる。そして「帰ろう」と言う・・に代えただけでした。
そうすると、ふしぎやふしぎ、息子は「くさい」を言いませんでした。そうすると必然的に説教をする必要もなく、何事もなくその場を離れて家に帰ることができました。

これは衝撃です・・

では「くさい」を言うパターンもやりましょうということで、息子には「くさい」を言ってもらいました。
イライラしながらスーパーの外へ出た場面で、実際は立って説教していましたが、息子の横にしゃがみ、視線を合わせて説教してみると、ふしぎやふしぎ、だんだん説教したくなくなってくるのです。実際は説教すればするほど怒ってきて説教が止まらなくなりそうだったのに。
最終的に、私は先生に台詞を代えてもいいですか?と聞いて、いいですよとおっしゃったので、感じるままに言ってみると、なぜか最後に息子に「ありがとう」と言っていました。
「くさい」と言った(不適切な行動をした)息子にです。

私は一体どうしたんだろう・・衝撃です。

「また恐い母ちゃんを一人、退治したぞ」

お芝居が終わった後に、先生がそうおっしゃいました。

ああ、私は恐い母ちゃんだったんだ。そう言えば、演出の時に先生が「(こうすると)優しいお母さんですね」と言っていたなぁ。
優しいお母さんになりたかったんだ、私。ストンと腑に落ちたのでした。

この衝撃は、私が子育ての目標へ向かうはじめの第一歩になりました。おおきな一歩だと思感じます。「かささぎ座以前の私、以後の私」と言いたくなります。
私が学んだことはたくさんありますが、息子が話しかけてきた時、立ってしゃべっていると気がづいたらしゃがんで目線を合わせる。かささぎ座から帰ってから、とにかくそれだけを気をつけて行いました。そうすると、息子が嬉しそうに寄ってきます。そしてやたらと「ママだいすき」というようになりました。なんだこれは~~!私も私で、

体重20kgを抱っこするのはしんどいなぁ~と思っていたけれど、20kgはまだ抱っこできるんだ~、何kgまでいけるかな。
わけのわからないことばっかり話しかけてきていたのは、私に笑ってほしかったのね~。

今までの出来事も、意味が変わってしまいました。

参加して楽しかったです。嬉しい悲鳴です。この衝撃をどのように整理したらいいんだろう。


【三浦 裕子 2013年5月3日】


1.はじめに

 わたしはアマチュアとしてアドラー心理学を学んでいます。練成講座は有資格者の為の講座です。今回、幸いにも参加することができました。このことは《アドラー心理学がいかにわたしたちに開かれた学問であるか》ということのひとつの表れだと思います。わたしは野田俊作先生が開発された新しいエピソード分析を学びたいと思いました。しかし、知識も乏しく経験も浅いわたしに理解できるのか不安でした。そんな時、野田先生の最新論文を送っていただき、予習する機会を得ました。その中で『(アドラー心理学の)カウンセリングの目標は、問題解決(problem solving)ではなくて人格成長(personal growth)だと考えている』というsentenceが印象に残りました。人格成長(personal growth)を目標としたカウンセリングとはどんなことか、という問いを胸に抱いて参加しました。


2.アドラー心理学のカウンセリング

 講座は、実習してみて成功したカウンセリングを発表するという流れで進みました。はじめに野田先生からご説明がありました。エピソードを聴き取った時点で、カウンセラーは、クライアントに何を学んでもらいたいかという目標を立て、そこへと至るシナリオを素早く書いて持っていなくてはなりません。なぜならば、カウンセリングの最後に「何を学ばれましたか」と問うことが出来るシナリオを持っていなければ、問いを組み立てることができないからです。新しく学ぶことで、クライアントが今までの使い慣れたパターンから抜け出し、今後似たような場面でも人びとと協力し解決できるように援助したいと考えているからです。つまり問題を解決するだけではアドラー心理学のカウンセリングとしては不十分だということです。

 ある先輩がカウンセリングをされました。ところが点数は70点、認知行動療法だったら満点だけどね、という結果でした。わたしはこの時、あんなにスムーズにカウンセリングが進んだのに、なぜ30点も減点されたのだろうと不思議に思いました。夕食時に話しを伺うとその先輩アドレリアンは「正当な評価だと思います。アドラー心理学のカウンセリングの目標は、ヨコの関係で協力的に問題を解決することを学ぶこところにありますから、わたしがカウンセリングの中でそれを目標にできなかったということは、わたしがふだんからヨコの関係では生きていないということを現していると思います。」と応えてくださいました。


3.新しいエピソード分析

 新しいエピソード分析について野田先生は、西洋語では感情を手がかりにして劣等感を推量できるのに対して、日本語では一般に感情と考えとを区別しないことから、学習者にとって感情を手がかりとしたカウンセリングの進め方が必ずしも上手く進まないという反省からこの新しいエピソード分析法を開発した、とお話しになられました。わたしは今年7月にリトアニアで開催されたICASSI(注)に参加しましたが、その時の経験を思い出しました。「I feel~」(わたしは~と感じる)と言えば、先生もクラスメートも次には「Because~」と説明がくるのを待っていました。わたしが言葉を続けなければ「Because?」と必ず問われました。なるほど、先生やクラスメートはわたしの考えを知りたかったんだなと改めて思いました。

 新しい分析法はprotagonist(主人公)がantagonist(相手役)のどの行為(ライフタスク)に、どんな行為をしたか、それはどうしてか、その行為によって何を解決したかったのか、その解決目標は協力的か競合的か、競合的であれば、どうすれば協力的となるか、協力的であれば、どんな工夫ができるか、を話し合うことだと理解しました。クライアントとカウンセラー双方からありありと観察できるエピソードの中のprotagonist(主人公)の行為を見つけ出し、そこからカウンセリングが出発するという、なんと分かりやすい方法なんだろうと、わたしは感激しました。

 新しい分析法では、行為に注目するという特徴があるように思います。先生のご説明を聴いたことで、では感情とはどういう役割をしているのだろうかと考えるきっかけになりました。そしてアドラー心理学の学習者の間でよく使われるフレーズ「その感情の目的は何ですか」が頭に浮かびました。


4.実際にカウンセリングをさせてもらって

 わたしもカウンセリングをさせていただきました。結果は「失格」となりました。実習で成功した(少なくともわたしはそう思っていました)のに、なぜ失敗したのか改めて考えてみました。

 実習ではクライアント、カウンセラー、書記兼相談役の3人一組で行っていました。わたしは実習で困るたびに先輩に相談していました。その結果2回目になんとか「何を学ばれましたか」と問うことができました。ということは、実習での成功は、同じグループのお仲間の協力と忍耐強いご指導の賜でした。
つまりわたしは、自分で人格成長(personal growth)を目標とするシナリオが書けていませんでした。

 わたしは、カウンセリングの時間が近付くにつれ、激しく緊張し、何とか落ち着こうとしました。エピソードを拝聴した時点でも、わたしは、クライアントさんに学んでもらいたい目標を見極めることができませんでした。その結果、クライアントさんから「お役に立てずにごめんなさい」という言葉を引き出すことになってしまいました。人格成長(personal growth)どころか、わたしは優しくて勇気のあるクライアントさんに多大な負担を強いてしまいました。クライアントさんは、わたしを助けようと必死に協力してくださいました。書記として控えてらした先輩がどんな思いで見守り応援してくださったか、ご両名の心中を察するに余りあります。せっかくわたしたちに分かりやすいようにと新しい方法を開発されたのに全てをご覧になっていた野田先生の胸中はいかばかりかと、申し上げる言葉もありません。この場を借りて、深くお詫びするとともに、ご協力に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 わたしは緊張することで失敗することへの言い訳を準備していました。今思えば、ある程度織り込み済みの失敗だったと思います。それにもかかわらず臆病なわたしが果敢にもジャンプできたのはなぜかと不思議に思いました。一緒に参加した仲間たちが入れ替わり立ち替わりにきわめて自然にクライアントさんを勇気づけてくださっていました。そして、わたしにも、出来ていたことは何か、出来ていなかったことについては率直に「どうしてか」と問うて、ともに考え勇気づけてくださいました。相互尊敬、相互信頼、協力、目標の一致に基づき、安心して挑戦できる場を作っていただいていたからこそ、わたしはジャンプできたのだと思います。改めてアドラー心理学の奥深さを感じ、わたしもこういう場を作れる人になるんだと決心を新たにしました。


5.アドラー心理学の実践とは

 野田先生は講座中に「人は一度にたくさんのことは学べません」と繰り返しておっしゃっていました。カウンセリングでは開いた質問など様々なテクニックを使いますが、それらは全て協力的に問題を解決するというアドラー心理学の目標に向かっていることを改めて学びました。カウンセリングは語りを中心に行いますので、普段から言葉に敏感であって欲しい、その為に文学の勉強やアドラーやドライカースの本を読むことなどを面白がってすることが必要だとも習いました。また練成講座の他にも様々な講座が提供されていますので、そういう場で仲間と学ぶことは楽しく有意義なことだと思います。けれども一番大切なことは、自分がいかに毎日人びととの協力について考え、実践するかにあるのだと思います。人格成長(personal growth)について、自分のライフスタイル、すなわち繰り返し行っている誤った行動の目的に気付くと最初は痛い思いをします。しかし最近、徐々にですが、そこにこそpositiveな側面があるのではないかと感じるようになってきました。分かってしまえばシンプルで、今までnegativeな方向へ引っ張っていた、そのとても強い力を自分自身で調整することでもって協力的目標へと送り込めばいいのだと思います。実践とは、このことをわたしが、毎日、毎日、体感しながらひとつひとつの行いを点検していくことだと思っています。

 野田先生、ご一緒させていただいた全ての皆様、そしてこういう機会の準備に汗をかかれたスタッフの皆様に感謝申し上げます。いつもわたしは素晴らしい先生方と先輩と仲間とともにここにいます。本当にありがたいことだと思います。

 このささやかな体験記によりアドラー心理学の豊かさ、温かさ、そして奥深さを感じてもらえれば、それが何よりの喜びです。

注) ICASSI(The International Committee of Adlerian Summer Schools and Institutes)2013年はオランダで開催されます。


【小浦博子(岡山)】

 

子どもを勇気づけるワーク

外来小児科学会の中で、一つのワークショップを担当した。「アドラー心理学ワークショップ『子どもを勇気づける』」昨年に続く第2回。

参加者は36名。昨年と同様に新潟、徳島のアドラー仲間と準備した。当日は、関東地方のアドラー仲間にも手伝ってもらう。

 

IMG_0245.JPG内容は、まず、アドラー心理学の理論と思想をざっくり30分で講義する。アイスブレークに、病児保育研究大会で仕入れた二人あやとりの技を入れる。その後、アドラー心理学を体感してもらうワーク。私は、このワークの準備を担当した。

さいわい、春に、この道の第1人者野田俊作氏が最近開発した新しい技法を学ぶ機会があり、今回のワークにさっそく取り入れることができた。


グループを4つに分け、一人の人の抱えているちょっと困った問題を出してもらう。それをグループの中で解決していく。それぞれのグループには、徳島、新潟、そして関東で活躍しているパセージ(アドラー心理学親子関係プログラム)のリーダーさんたちに2名ずつはいってもらった。ちょっと贅沢なワークだ。


エピソードを聞き、ロールプレイをし、親と子の感情、考え、意図を明らかにし、目標を一致させ、それに向かう代替案を探し出し、もう一度ロールプレイをする。アドラー心理学の地域の学習グループではおなじみの解決法だ。そこに、新しい技法で、ちょっと味付けする。限られた時間の中で、最後までグループを回すにはちょっと力技が必要となる。目標は、問題解決そのものではなく、解決に至るプロセスの体験だ。

アドラー心理学では、何を大切にしているのか?人を尊敬し、信頼するとはどういうことなのか?協力するために踏むための手順はどんなものなのか?アドラー心理学が考える解決像(共同体感覚の育成)とはどんなことなのか?これらを言葉ではなく、その場で体感してもらうことだ。

なかなかに目標は高い。しかし、その目標はかなり実現できたと思う。各グループに入ったリーダーたちの力量の高さのたまものだ。本当にいい仲間たちだ。 

 

IMG_0247.JPG参加者の感想が22枚集まった。どの感想も肯定的な内容だった。雰囲気がとても良かった、会に入ってもっと学びたい。子どもとの対応を考えるヒントをもらった、来年も参加したい・・・と感想が寄せられた。

アドラー心理学は、シンプルだが奥が深い。短い時間に詰め込んだので、不消化の方もいたかもしれない。ちょっと難しい、でもおもしろそう、もっと学んでみたいと思ってもらえたならうれしい。全国に、ともにアドラーを学ぶ仲間が増えてくれることを願う。

【高柳 滋治 2012年8月26日】

おやこde SaLeeLaの感想①

久しぶりに絵に没頭出来たお陰か、脳みそのすみずみにまで掃除機をかけた様な感じで帰ってきました。

1つめのワークのテーマ・・・「好きな言葉を絵にする」

この中で私は2つの事をしました。1つはテーマにそって描くこと。2つめは中学校時代のリベンジです。
テーマに選んだのは「変化」。ある状態からある状態の中間点にいる自分を水平線で表現しました。

ここからが2つめです。
海の色を塗る。中学時代、静物画を描く授業で塗った色です。美術の先生が言いました「いい色やな~。背景も塗ってみ。」
私はどんな色を背景に塗れば良いのか分からず困りました。しばらく考えて、背景にも同じ色を塗りました。
先生はそれを見て「あ~それをやったらあかんわぁ~」と残念そうに言いました。残念なのは私の方です。
その後「あの時どんな色を塗れば良かったのか?」と思い続け、果ては「どうして私は先生に『じゃあどんな色を塗れば良いのですか?』と聴かなかったのか」という後悔に変わりました。だからここで聴きました。

私「リーダー、質問があります。この色の反対色はなんですか?」
リーダー「えっっ 反対色? 赤? 緑? 青? あっ青はここ(海の色)に入ってるか・・・。」
私「中学の時からずっとこのことが分からないんです。」
リーダー「反対色じゃないと駄目なのかなぁ・・・」
私「そういう訳じゃないかも・・・ですね。」
リーダー「こん中(海の色)に入ってる色を使うとか?」
私「やってみます。」
リーダー「あ・・・違ったらごめんね。」
私「いいんです。違ったら塗りつぶしますから。」

かくしてああでもない、こうでもない、と塗ってはつぶし、塗ってはつぶし、を繰り返したあげく、「朝焼けの色」がフィットすると分かり、塗って塗って塗りまくって、やっと中学時代のリベンジを果たしました。

ここで、私は思いました。私は失敗を恐れていた。教えてくれなかった先生が悪いのではない。色を見つけられなかった自分が劣っているのでもない。正解はきっと無かった。
ただ、失敗を恐れずにやってみれば良かったのだ。そして、人に聴いても良いのだ。
でもそこで見つけるのは自分なのだと。


【山本 麻子 2012年5月9日】

「パセージ・プラスβ版」へ参加して

2012年2月11日(土)、12日(日)大阪で開催されたパセージ・プラスβ版へ参加しました。

「パセージ・プラス」は、パセージを受講した方限定のコースということで、どんなことを学ぶのだろうと思い、参加してみることにしました。今回は、岐阜の自助グループの仲間と一緒に参加しました。みなさんの参加が決まり、楽しみな気持ちは一段と膨らみました。移動の時間や宿泊、食事も楽しみですが、勿論、パセージ・プラスのお勉強を、みんなと共に学べることは、これから岐阜定例会で学ぶ内容が共有でき、シェアし合えることもとてもありがたいことだと思っています。

「パセージ・プラス」へ持参したものは、みなさんと食べるおやつと家族とのやりとりの中で私が陰性感情をもったエピソードです。エピソードは、家族からの大切なプレゼントかもしれません。忘れないようにいくつかメモして持って行きました。

「パセージ・プラス」は、「私的感覚」をみつけて、家族との関係を改善するという内容だと思います。私的感覚を探すのは、難しいですが自分自身で練習したり、仲間と練習できるとありがたいなと思いました。

「パセージ・プラス」両日とも1章の「私的感覚」から始まりました。3人のグループになって、エピソードを話してから手順に沿って「対処行動」「現状」「陰性感情」「私的感覚」を探しました。そして、私的感覚が協力的目標か競合的目標かをチェックします。

私のエピソードは、・・・
夕食後、酔っていた夫がこたつの上にあった焼酎が入ったコップをこぼした。私は拭きながら「もー!」と言い、コップを見てないからだわと思う。更に、こたつの上掛けが濡れているのを見つけて、「あっ、モー!」と言いイラっとして拭いた。私は台所へ行って布巾を洗っていたら、夫が怒ってなにやらぶつぶつ言い始めたのが聞こえた。私はこれはやばいと焦った。イエローカード!だわ。チェンジしなくてはと思い、こたつへ戻り、「これ、洗濯するね~」と明るく言ってこたつ掛けを取った。それから、夫は何事もなかったようにパソコンをしながらテレビを見た。
・・・という話です。

対処行動は、チェンジして明るく対応したこと。これは、何年か前にはしていなくて、夫が怒り始めたのも気がつかないとか、どうして怒るのか不思議に思っていたことを思い出します。ですので、「イエローカード!」に気がつかず、夫の行動は、 エスカレートして、私は突然夫が怒り始めた(と思い)のを見てフリーズしていたのです。

アドラー心理学を学ばせてもらい、少しずつ活かせるようになり、夫の話を聞いたりして、以前よりは夫のことを理解しているように思います。私的感覚は、仲良く暮らしたい。平穏に暮らしたい。・・・と「パセージ・プラス」で3人グループの時に私は言いましたが、もしかしたら、夫が平穏に暮らすのを邪魔していたのは、私かもしれないと今、思いました。

これからも、私的感覚を自己点検できるように練習して、家族を理解しながら暮らして行きたいと思います。野田先生、講座でご一緒してくださった皆さん、岐阜から参加のみなさん、ありがとうございました。


【久保田 由紀子 2012年3月1日】

Re: パセージ・プラスα版 (Ⅱ)

野田先生、ご一緒した皆様、二日間お世話になりありがとうございました。


パセージ大好きな私としてはパセージになにがプラスされるのか、是非受けたいと張り切って参加させていただきました。


パセージの問題点や、パセージプラスの守備範囲がよくわかりました。
決してパセージが駄目で、新しくパセージプラスというわけでないと言うことがわかり、パセージリーダーとしてホッとしました。


内容については皆さんが書いてくださっているので私が一番印象的だった家族会議のことを書かせていただきます。


私はパセージの中でも家族会議が大好きで自分の家庭でも家族会議をしてきましたし、メンバーさんにもお勧めしています。でもなかなか家庭で実践するのは、難しいという話を聞いていました。


今回は「みんなで決めていく」という方向性から「決める人を決める」という方向性で話を進めていきました。


二回目の家族会議の時は私がお父さん役になりました。
父・母・高校生の娘・中3の娘・中1の娘の5人家族です。
この四月からお父さんが長野県に転勤になります。家族で行くか、単身か、高校
生の娘だけおばあちゃんに預ける・・・等の選択肢がありました。


一番にしたことは、夫婦がどうしたいか方向性を話し合いました。


野田先生からも先ほども三つの選択肢を提案頂いていたので、家族みんなで行く方向で話し合うことにしました。どうしても駄目なときは、単身にと言う話になりました。高校生の娘についてはおばあちゃんのところから通うのもありと言う話になりました。


高校生のおねえさんが司会です。みんなと話し合うときに野田先生が「出来るだけ家族で行くように・・・どうしてもの時には単身・・・・」と言われました。


今までの家族会議なら「子ども達はどうしたいですか?」からはじまり、父親である私は子どもの学校もあるので、単身かな?とあきらめていたと思います。


今回はもちろん子どもの話も聞きましたが「この前震災もあってので、是非家族で一緒にいたい!!」とか「高校生はおばあちゃんの所の選択もあるけれど、中学生は是非一緒に行きたいと」など自分の思いをしっかり伝えました。


子ども達は当然不安で「長野ってどんなところ?」って話が出ました。


そこで「決める人を決める」を採用しました。長野について誰か調べてくれる人を決めました。特に学校のこと、クラブのことなど調べてからの話し合いになりました。今回は高校生のお姉ちゃんが調べてくれる人に決まりました。


一応お母さんの『お父さんを応援したいので一緒にいきたい」という言葉もあってのことですが、一緒に行く方向で話が進んでいきそうでした。


ちょっと強引かな?と思いましたが、後で皆さんの意見を聞いたらそんなことはなかったそうです。


先ほども書きましたが、私の場合は「仲間」を優先し子どもの思いや意見を聞く事に重点が置かれていて、自分の思いを話せていなかったと思います。


パセージプラス受講後、家族と話し合いをする事がありましたが、いつもとひと味違う話し合になりました。


次回のパセージプラスも楽しみにしています。


【山口 育子 2012年1月12日】

Re: パセージ・プラスα版 (Ⅰ)

初日だけの参加でした。ちょっと残念ですが、もしかしたら3月あたりにもう一度受けるかも知れません^^;


まず初めに、先生は、パセージでは(子どもの不適切な行動の5つの目的のうちの)注目関心引きまでが対象で、パセージプラスでは、権力争いの段階までのこじれを対象にしている、と言われました。なるほど、私がパセージでなかなか問題解決できずに来たのは、権力争いの段階になっていたからなのだなぁ、と改めて思いました・・。


それはそれとして、パセージプラスのコースの目標は、陰性感情を使わずに(協力的な私的感覚に向かう)対処行動をする方法を学ぶ、ということだと理解しました。もちろんパセージでだって、マイナスの感情を使わずに・・が出てきますし、自助グループでの相談でも、繰り返し出てくるわけですが、(そんなこと言ったって、やっぱり腹が立つ!)ということを繰り返してきました。どうすればいいの!?とそこから先へ進めませんでした。


パセージプラスでは、ではどうすれば陰性感情を使わずに済ませられるのか、どういう場合に失敗しやすくて、どういう場合に成功しやすいのか、をワークを通して学んで行きました。そうすると、あぁなるほど、だからうまくいかなかったのだ(目標が達成できなかったのだ)ということが、少しずつ見えてきました。


事例を挙げて下さった方たちも、ある手順を踏んだ後、「では、陰性感情を使わずに相手に伝えることはできそうですか?」とたずねられると、みなさん「はい、できそうです」ときっぱりと答えられていました。どうすれば成功するのか、どうすれば失敗しないのかというコツを知ると、陰性感情を使わずに何とかなるかも、という絵に描いた餅だった目標が、ぐっと近づいてきました^^;


実際、帰宅してから、いつもなら陰性感情を込めて言っているところを、がまんするわけでもなく、陰性感情を使わずに言える場面もありました。(見て~!は、まだやってくれないのですが・・)


ただ、そのある手順というのが、少々ややこしいのです・・。昨年末に基礎講座応用編を学んだばかりということで、私的論理を見つけ出す、という手順にはだいぶ慣れていたからまだ理解できたものの、その次の段階、つまり、その目標(≒私的感覚)が、「横の目標」なのか「縦の目標」なのか、「協力的な私的感覚」なのか、「競合的な私的感覚」なのかを点検するのですが、これが案外難しい・・これはきっと、体育のレベルで、私的感覚探しのときのように、繰り返しトレーニングしなくては、素早く点検することができるようにはならないでしょう^^;


でも、う~ん、う~ん、と頭をひねって、どうにか横の目標を見つけることができると、ならばどう動けばよいのか、というゴールには、割合簡単に行き着きそうだなぁと思いました。
以前、「そのあとどうするかは、アドラー心理学の原理にさかのぼると、難しくなく解けるんです」と言われた先生の言葉を思い出しました。まだ、難しくなく、というわけにはいきませんが、あぁこういうことなんだな、とメカニズムが分かったように思います。


ところで、これまで「陰性感情を使うのは良くないから、やめなくちゃ」とは思っていたのですが、日常の事例にぶつかると、慣れ親しんだ陰性感情をやっぱり使っているのでした。陰性感情を使わない、というよりは、我慢するのが関の山・・。
ところが、野田先生に「陰性感情を使わないっていうのを宿題にして下さい」と言われた途端に、何かスイッチが切り替わり、今までよりも本気で取りかかろうと思っている自分がいます。「宿題」と思うと、まじめにこなす私・・。何なのでしょう~~^^;


野田先生、いつも素晴らしいことを教えて下さってありがとうございます^^
一緒にワークをして下さったみなさん、お話しをシェアして下さったみなさん、同じ時間を過ごして下さったみなさん、有意義な時間をありがとうございました♪


【長渡 裕子 2012年1月9日】

【山田 進一(徳島)】


平成23年8月27−28日神戸にて第21回日本外来小児科学会年次集会が開催されました。日本外来小児科学会は、小児科での総合医療と外来診療に関する研究と教育を促すことで、小児医療の向上を図ることを目的に発会しました。年次集会は、一般演題の他、ワークショップの比重が高いことが特徴です。救急医療や予防接種、禁煙支援、カウンセリング、最近では発達障害に関するワークショップなど、2日間で40−50のワークショップが開催されます。

昨年10月開催されたアドラー心理学会総会で、函館の高柳さん、新潟の柳本さん、そして私(徳島の山田)が、自分たちのクリニックでの子育て支援の取り組みについての経験を交流しました。高柳さんと私は、平成21年の同時期に小児科クリニックを開業し、クリニックでの子育て支援にアドラー心理学が非常に役立つことを実感する毎日でしたから、すでにアドラー心理学をクリニックで生かしてきた先輩の柳本さんを交えての話は非常に盛りあがりました。話の流れで、「アドラー心理学を実践する小児科医の仲間を増やしたいね」という話になり、「そういえば、来年神戸で行われる第21回日本外来小児科学会年次集会に参加するの?」「じゃあ、3人でアドラー心理学に関するワークショップを企画しよう」ととんとん拍子に話がすすんで、今年の夏外来小児科学会年次集会でワークショップを行うことになりました。

ワークショップの開催の目的は、当然『アドラー心理学を「おもしろい」、もしくは「役立つ」と思ってもらい、もっと勉強したいと思ってもらうこと』としました。また、この企画には、我々3人だけではなく、新潟の河内博子さんにも同じ小児科の立場から加わっていただきました。

ワークショップを年次集会にエントリーするためには、テーマと到達目標を決めないといけません。まず、テーマですが、アドラー心理学といえば『勇気づけ』でしょうと、すんなり決まりました。2011年度のワークのテーマは、

『勇気づけ』の子育て支援を学ぼう アドラー心理学ワークショップⅠ『お母さんを勇気づける』

となりました。ワークショップⅠとなっているのは、今後も含めて3年はやろうという心意気です。テーマが決まって、必然的に到達目標は 「勇気づけ」の技法を学ぶこととなりました。この内容でワークショップ募集にエントリーをしたところ、今年の2月にワークショップの許可通知をいただきました。

ワークショップは開催できることになりましたが、『勇気づけ』の技法ってどうすれば学んでもらえるのだろうかと話し合いました。いろいろなアイディアがでました。教育講演形式、ゲッシングのワーク、ロールプレイ、事例検討会方式などなど。医療現場でお母さん方と話しているときに、お母さん方の意見と我々医療従事者の意見とのギャップからお母さんの勇気をくじき、トラブルになることが多いよね。ということから、『意見と事実』を分けるワークを入れることにしました。また、相手の関心に関心を寄せるということを練習しては、ということから、「相談的対人関係」「相互尊敬・相互信頼」を伝えようということを決定しました。そして、

 1.アドラー心理学の基礎知識 理論、技術、思想についての講義
 2.ワーク 「相互尊敬、相互信頼」「相手を勇気づける話の聴き方」
        「意見と事実」「パーソナルストレングスを見つけ出す」
 3. シェアリング
の内容ですることとなりました。

ワーク前半では、野田先生の特殊講義で例示されているような短いやりとりを入れて、ロールプレイをペアで行い、勇気づける話の聴き方を体験してもらいます。そして後半、こちらがハイライト、話を聴く中で実際に話し手の方を勇気づける体験をしてもらうワークです。グループの一人に語り手になってもらって、困った話題を提供していただき、そこからエピソードを切り出して、それを事実と意見に分けます。それから、事実に関して場所、相手役、自分に分類し、それぞれのパーソナルストレングスを見つけ出して、最後にエピソードを見直す。そこで語り直しが起こって、話し手はもちろん、参加者全員に勇気づけを体験してもらうことができたら満点です。

この後半部分を成功するためは、グループに入るお世話役の役割が重要です。今回ワークショップのメンバーは、高柳夫妻、柳本夫妻、そして私の5名でしたので、グループに入るメンバーが一人足りなくなりそうなので、相談していたところ、大阪の大竹さんと奈良の佐々木さんが助っ人を名乗り出てくださいました。そうして、ようやくワークショップの準備が整いました。

そして、いよいよワークショップの日がやってきました。この日の朝、会場ですべてのメンバーの初顔合わせをしました。開始まで非常にタイトでしたので、挨拶もそこそこに準備に動き始めました。小さなトラブルがありましたが、初顔合わせとは思えないチームワークで、それぞれが的確に動いて無事開始の時間を迎えました。ワークショップの役割分担は、私が司会、柳本さんが基礎知識、そして高柳さんがワーク担当でした。
 
柳本さんのアドラー心理学基礎知識は、30分という短い時間に、5つの基本前提と共同体感覚、技法の勇気づけを非常にコンパクトにまとめられていました。一つ一つ解説しても1時間ぐらいかかりそうなのに、短くすっきりしていて初心者にもわかりやすく、今度徳島に帰ったら、クリニックの自助グループで使わせてもらおうと思いました。

続いて、高柳さんのワークですが、直前にクリニックのスタッフに協力してもらって、1回実験済み。時間配分もばっちりで、高柳さんの自信作です。

DSC09777gairaisyounuka1.jpg最初は、いっこさん譲りのアイスブレイクで、参加者同士で肩もみをしてもらいました。それまで硬かった参加者の表情が一気に柔らかくなり、笑顔もたくさん見られました。

参加者が、リラックスしたところで、まず最初に、アドラー心理学が考える治癒の公式について説明をしました。アドラー心理学の治癒の公式とは、「悪いあの人、かわいそうな私」をやめて、「私にできることはなにか?」を考えることです。この公式を元にして、その後のワークを進めていきました。

私たちは、毎日毎日いろんな問題を抱えた親御さんたちと出会っています。私たちの目標は、親御さんたちが、「病気や子どもの病状を理解し、自宅でどのようにすればよいかを知って、主体的に子どもの看病に取り組める」ことです。そのための第1歩は、よい関係を作ることです。

よい関係を作るための、相互尊敬、相互信頼の対話を、資料に書かれたシナリオを見ながらロールプレイをしていきました。具体的な出来事を聞く、感情や考えを聞くなどのロールプレイを続けて行いました。このころには、会場全体が打ち解けた雰囲気になっていました。

続いて、グループワークを行いました。私は、アドラー心理学初心者ばかりのグループで、エピソードを聞き取り、パーソナルストレングスを見つけ出すことは、この時間内では厳しいかもしれないと思っていました。ところが、実際、語り手の方が出した困った事例に対して、一つ一つ丁寧に話を聞いていくと、だんだん、語り手の困り具合がグループのメンバーで共有されてきました。そして、ありありとその場面が思い浮かべられるエピソードが出されました。意見と事実に分けるのもスムーズに進み、パーソナルストレングスが次々とメンバーの中から出てきました。初めて出会ったメンバーとは思えないぐらいに、全体に暖かく、いい雰囲気になり、最初のエピソードを読み返した時には、問題と思っていた困った場面が、実にいろんなストレングスに満ちた素敵な場面だったと思えるようになりました。そして、最初の治癒の公式、『私にできることは何か?』に話題が無理なく移っていって、それは感動的でした。

これは、前半のシナリオを用いて、繰り返し練習した「相談的人間関係」『相互尊敬』『相互信頼』のワークの効果でしょうか、同じ医療畑の小児科クリニックで働いている参加者だからでしょうか。理由はどうであれ、初めてのワークとしては満点でした。グループ演習の間、リーダーの高柳さんと大竹さんがグループのヘルプに入ってくださったことも、グループの進行の上で重要だったと思います。何よりサブリーダーだった私にとって、グループの進行を安心して行うことができました。私が入ったグループだけでなく、他の4つのグループでも同じようにうまくいったそうです。各グループに入ったサブリーダーの日頃の研鑽の成果でもあると思いました。

グループ演習の後の質疑で、今後の学習法についての質問が出ましたから、当初の目的『アドラー心理学を「おもしろい」、もしくは「役立つ」と思ってもらい、もっと勉強したいと思ってもらうこと。』も達成できました。

グループ演習の最終に、同じグループのメンバーにそれぞれが感じたパーソナルストレングスを書いた紙を交換して、160分のワークは予定通り終わりました。

昨年の総会に3人で話し合った中身が、今回の様な形になったことは本当に素晴らしいことだと思いました。短い期間で、よく作り上げたなぁと思います。
それができたのも、野田先生を始め、アドレリアンの諸先輩方に教えていただいたこと、また、一緒に学んできたそれぞれの地域の自助グループのおかげだなぁとつくづく感じました。この場をお借りして御礼申し上げます。

さて、日本外来小児科学会年次集会でのワークは3年続けることが目標です。来年もこのメンバーで、次回の開催地横浜に行きたいと思います。次はどんなワークができるか、今からワクワクしています。それに、今回のワークを地元でもやってみたいと思いました。次回に向けてさらにパワーアップしたいです。

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アドラー心理学心理学のサイコドラマワークショップ、かささぎ座「巣作りの段」に参加しました。
学んだことを、書いてみようと思います。


1.心理劇の監督とはどういう仕事をするのか?


「クライエントが前に出てきた瞬間、いえ、立ち上がった瞬間からそのライフスタイルや気の方向に気付いていること。そして即座に解決の方向性を予測する。話を聞きながら、解決の方向を決める。解決の方向に向かって、いろいろな技法を繰り出す。」
こう書いてみると、普通の心理療法のセッションとどこが違うのかしら、と思ってしまいますが、これが大変に違っていました。

まず、個人セッションではクライエントさんは、向こうから「話すぞ」と思って来てくださいますが、心理劇ではいきなりその場でクライエントさんにお誘いをかけなければなりません。いきなり「その気」にさせなければならないのです。

また、個人の心理療法では、クライエントさんは原則として一人です。狭いセッションルームに自分とクライエントさんと二人、その範囲にだけ気を配っていればいいのですが、心理劇の監督は、セッション中会場の隅々まで意識を配っていなければなりません。プロタゴニスト(主役)であるクライエントや他の役者さんはもちろん、観客までも、会場にいるすべての人を忘れてはいけないのです。その、会場の隅々まで影響を与える力を、「テレ(tele)」というのだそうです。心理劇では監督に強いテレが求められますが、個人セッションではそれほどまでに強いテレは必要ないと思われます。

それから、個人セッションではセラピストもクライエントも原則として座っています。ところが心理劇では、監督は、常に動いていなければなりません。それは、前に書いたように、会場の隅々まで意識を及ぼすこととも関係がありますし、よりよいドラマを演出をするためでもあります。

などなど、サイコドラマの監督は、それはそれは大変な仕事だと、感覚としてだけでなく、その理由も理解しながら納得しました。


2.サイコドラマを作るのにどうして演劇を勉強する必要があるのか?


これも、感覚としては当然のように思われます。心理劇だって「劇」ですから、演劇の知識がある方がよいものができるでしょう。これを、実際に体験して納得することができました。

初日は戯曲の台本から一部を取り出し、舞台を作ってみるという実習でしたが、このときに監督見習い生は「役者に指示するときは具体的な指示を出すように。『悲しそうに』とかいった指示はいけません。」と言われました。具体的な指示とは例えば、声を高く、とか、目線をどこに、とか、どのあたりに立ってどっちを向いて、とか、そうしたことです。そんなことが心理劇でどう役にたつのでしょう??

2日目のあるケースでのことです。エピソードの中で、プロタゴニスト(主役=クライエント)に向かって野田先生が、「そのせりふを、相手役の近くに寄って言ってみて」とおっしゃいました。実際にそのように演じてみると、プロタゴニストの体の感じが前と変わり、それにつれてセリフも自然に変わりました。すると相手役の体の感じとセリフも変わったのです。プロタゴニストの人は「こうやって近づいて言ってみたことはないですね、これはいいですね。」と話しておられたように記憶しています。

このとき、初日にお芝居の台本で「具体的な指示」を練習した意味が深く理解できました。役者と役者の距離を具体的に指示して、演じると、それまでと違ったコミュニケーションが生まれるのです。問題のエピソードをドラマにしたときに、プロタゴニストが「平等の位置」や「相互尊敬、相互信頼」に立つにはどうしたらいいかを監督は考えます。そのために様々な技法を使うのですが、配役の立ち位置や声の出し方の効果について知っていることも心理劇をつくるのにとても大切なことだと、体験し納得しました。


3.自分のライフスタイルについて


実習の合間に野田先生が、「だいたい心理療法やカウンセリングをやろうっていう人間は、とっても強い支配欲をもっています。話をして人の人生をかえてやろうなんて人間は、権力への欲求がとても強いんです。」とおっしゃいました。私はこのとき、なんだ、そうだったのか、と思いました。

私は、とても権力欲の強い人間です。それをうすうす感じていましたが、ただ、権力欲が強いことはよくないことだと思っていました。野田先生のこの言葉を聞いて私は、「なんだ、権力欲が強ければそれを建設的な方向に使えばいいんだ」と思ったのです。

「権力欲が強いことはよくない」と思いながら行動したら、タテ関係の中での行動になるでしょう。しかし、「私って権力欲が強いのよね」と思いながらそのとき自分にできることをすると、ヨコの関係にありながら行動できるかもしれません。


4.実習:みなさまありがとうございました。


2日目の実習の順番は、監督見習い生のみんなで決めたのですが、じゃんけんに負けて一番になってしまいました。

朝一番、野田先生がウォーミングアップの見本を見せてくださった後、「じゃ、始め」の言葉とともに拍子木が鳴りました。

今回は、ウォーミングアップとして、監督がみんなをお芝居の世界へ誘わなければなりません。そうしながら、観客の中からクライエントを一人選び出します。以前かささぎ座で監督見習いをさせていただいたときは、予めインテイクをとり、どの人が次のクライエントさんか、決まっていました。監督が舞台に現れるときも、ファンファーレが鳴ってフレームがそこで変わり、「はい、これからお芝居の時間ですよ」と、みんなでお芝居の世界に入っていくことができました。しかし、今回はファンファーレはありませんし、クライエントさんも決まっていません。

ここで私は本当に途方に暮れてしまいました。始めのウォーミングアップで、もう、何をしたらいいのか皆目わからなかったのです。思いついたことをやってみて失敗し、舞台袖にあたるあたりで立ち往生してしまいました。頭は真っ白です。アイデアも何も浮かびません。

どれくらいの時間、そこに黙って立っていたかわかりませんが、とにかくとにかくとにかく動こう、と思ってやってみたら、どうにか場を進めることができました。その間、会場にいたすべてのみなさまが、本当に辛抱強く待っていてくださいました。ぎこちないウォーミングアップ中も暖かくご協力くだいました。そして最後まで見届けてくださいました。本当にありがとうございました。またあのとき、厳しく逃げ道をふさいでくださった野田先生にも深く感謝しております。

見習いではあっても「監督」である限り、そのセッションで起きることのすべてに責任を持たなければなりません。なにがあっても途中で逃げ出すことは、あってはならないのです。なんだ、アドラー心理学を実践するってことではありませんか。それはそうなのですが、しかしそれにしても厳しかったです~。
それでも、また機会があればやってみたいと思います。


野田先生のご指導とスタッフの方々の暖かい支えのもと、監督見習い生同志はもちろん、参加された人達が共に協力して応援しあって学びあう、とっても素敵な体験をさせていただきました。厳しく優しく暖かく、怒号に涙に笑いあり、まさに人間ドラマの3日間でした。

 

【大竹 優子 2011年5月9日】