基礎講座理論編@福岡

野田先生、福岡の4日間大変お世話になり本当にありがとうございました。

今回新しい「学び合い」の方法は楽しく、時には厳しく感じられました。
だけど、私が一番印象に残った出来事が二つあります。
一つは以前アドラーネットのプラッツに書きましたが、歴史の中に私が組み込まれている事、
もう一つは『個人の主体性』に深く感動しました!

一つ目は初日に野田先生が【基本前提】のテキストの最初、4行を読まれたときビジョンが見えました。
最初は何が何だか分かりませんでしたが、
過去から来るその道は一直線に私のところまでやってきて、
今ここに私が立っていて、それから未来に繋がっていくんだとはっとさせられました。
その時、私が学んでいられるのは、
生まれる前から、野田先生をはじめ本当に多くの師たちが日々の研究と大変な大変な努力のお蔭で
沢山の資料を残され野田先生のお話から)
その学びの中に本当に深く関わらせてもらってる事に感謝し、
先人たちが作られたアドラー心理学を、微力ながらも後世に繋ぐ役割を担っているんだと
深く感動させられました。

二つ目も引き続き先生がテキストを読まれている時にはっとさせられました。
『個人の主体性』とは、あらゆる出来事はみな私が決め、その出来事に対して全責任は私にあると気づかされました。
これは感動とショックが入り混じった感じです。
以前の学びから<社会的に責任を取る人だけが自由に選択できる>とが繋がったように思います。
日常生活の中で私は常に何かを選んで、その責任は私にあると考えると、
何事にも注意深く行動しなくてはならないように思いますし、身が引き締まります。

後半のライフスタイルの形成は<環境が人間を作り、人間が環境を作る>とはこういう事なのかなと深く納得しました。
その中で、家族で冷静に話し合う事、親の価値の大切さを教えていただきました。
そうやって、テキストに照らし自分の子ども達の事を考えると、
もちろん社会の影響も受けますが、多くは親の影響が土台になり、
その上で社会的な役割の中で生活してるように思います。

引き続き、共同体感覚はとゲゼルシャフトとゲマインシャフト感覚の二項対立を学びました。
ゲマインシャフト感覚とはおおざっぱで申し訳ありませんが、
<他者を仲間だと思い、人ごとでないと感じることができる>ような感覚を持つことだと理解しました。
アドラー心理学を学ぶ上でこれからの大きな課題と思っています。

最後に「学び合い」は
テキストに沿いグループで話し合うことで、
それぞれに意見の違いに驚いたり、
活発な意見が出たり、慎重になったり、
メンバーの違いにより以前とは違う雰囲気を味わったり、
楽しんだり、ちょっと悩んだりを体験させていただきました。
講義を聴くのも勉強になりますが、
意見を言ったり、聴いたりするのは学んだ事を再確認するのに大変参考になり、
本当に楽しかったです。

この度、ご一緒に学んだみなさまのお蔭で貴重な体験をさせて頂きました。
心よりお礼申します。ありがとうございました。


【武本かおり 2016年11月23日】

2016.9.4(日)日本アドラー心理学会近畿地方会の様子をお届けします!

ぜひぜひみんなで日本アドラー心理学会の地方会や総会に参加したいと思ってます。
アットホームでハートフルに学べる場です!!!
そんな雰囲気と学びを近い将来共有したいなぁ~(*^^*)

今回は、午前中、アドラー心理学の基本原理に基づいて、二分木のグループワーク。自分が不幸だと思ってることを3つ出し合って、学び合いました。

【基本原理】
・相互尊敬・相互信頼
・感情ではなく知性で
・競争ではなく協力を
・自分のためでなくみんなのために
・原因ではなく目標を

この中で、これって【個人の主体性】ですよね~。それは【仮想論】やん!【全体論】だね~!なんて、アドラー心理学の基本前提と結びつく場面が次から次へとありました。最後の締めの場面で、「アドラー心理学は、共同体感覚という思想に向かって、しっかりとした理論に基づいて技術を使うんですよね~!」って!キャーほんと素敵!!!と、私はキラキラしてしまいました^^

午後からの「家族会議」は、3つの自助グル―プから1家族づつが家族会議を4か月間実験的にされた実践報告とディスカッションでした。自助グループの方々も発表者をサポートされ、一緒に学び合ってる感じが良かった。うまくいったこと行かなかかったことなど生きた事例がたくさんでてきていて、みなさんパセージを思い出し工夫をされている様子がとても素敵でした。

個人的に私は、この報告を聞いて、子どもが大きくなった今も家族会議できるな!家族会議したい!家族が同じ目標に向かって協力し合う機会を作ろう!と、思いました(笑)。力入り過ぎないようにやってみよう^^

そして、今回報告された方の家族(夫さんや子どもさん)が応援に駆けつけておられて、お母さんを見守っておられて、本当に協力し合う素敵なご家族だなぁって・・・そんな地方会の場所もすごくハートフルでよかったです!

丹後deアドラーのみんなでこんな実践報告をする機会がくるといいなぁって思いました。
そうそう、
4か月間家族会議をされた方々が素敵なことをおしゃってました。

家族会議は、
①・子どもにとって:家族の中で自分のことを話す場所
 ・親にとって:家族の中で子どもの話を聴く場所
②子どもの課題に踏み込まず、親の期待を伝えず、子どもの話を聴く!
③家族が協力し合って認め合って生きる!
④未来の楽しい話題を話す

来年は近畿地方会はありませんが、なななんと総会が滋賀県であります! 
みんなで行きたいで~す!
頭のどこかにひっかけておいてくださいね。宜しくお願いします!

日時:2017.10/13(金)-15(日)
場所:『ピアザ淡海』


【Y.U(京都)2016年9月5日】

どこかに落とした? 私の「怒り」

先日、横浜で行われた秘訣講座を受講したとき
(しつこいですが^^;)
カウンセリングと心理療法などの実習がありました。

そのとき、野田先生が

「クライエントになるのも道は長いんです。
ここで問題解決をしないでね」

とおっしゃいました。

ええー、クライエントになるのも、道が長いの~?!
じゃぁ、私なんてダメじゃ~ん^^;

と思いました。

けれど、実習を見ているだけでは
(見ているだけでも勉強になりましたが)
大人しくできず、

『クライエントを体験してみたいよ~』

と思うようになり、2日目に

「クライエントになりたいですっ」

と心理療法士役の方にお願いをしました。

受講者みんなの前での実習です。
最初こそ、ドキドキしましたが、
途中からはみんなが見ているということを忘れました。

現在の困っている話をして、
そのあと、早期回想を話しました。

そこから私的感覚を見つけていただきました。

『ほぉ。私にはそんな私的感覚があったんだ』

とビックリです。

自分の中にあったものなのに、
まったく自分では気づかず、
心理療法士役の方と野田先生に
引き出していただきました。

横浜から盛岡に帰ってきて、
ずーと、私の私的感覚をぶーらぶーらさせながら
(アドレリアンは、このことを「ぶらさげる」と言います)
生活をしていました。

不思議です。

今までの私は、私の私的感覚に引っかかって、
私の愛用の感情の「怒り」を
使用していた(らしい)のですが、
秘訣講座を受講してから、

私は、私の愛用の「怒り」を
どこに落としてきたんだろう?

って感じです。

いやー、「怒り」(マイナスの感情)がないと快適です。
ものすごく体調がいいし、家族とも関係がいいです。


【樋澤 律子 2016年5月22日】

メルヘンセラピーに参加して

メルヘンセラピーに行ってきました。
小学校時代、作文の時間には「わたしは、。。。。。」と書いたまま、1時間が過ぎていくほど、作文が苦手です。

そんなわたしが、メルヘンセラピーに行こうと思ったのは
去年末、東京であった育児のアルゴリズム講座で
先生が、「わたしはもうこどもを生みませんが、もしこどもがいたら、自分が作った絵本を読んであげて大事に育てたいと思います。そうは思われませんか?指輪物語はお父さんがこどものために書いた本なんですよ」(ずいぶん前でうろ覚え)とおっしゃったのを聞いて

それは、本当にステキだなぁ。。。うっとりと思い、メルヘンセラピーにすぐに申し込みをしたのでした。

ずいぶん前に申し込みをしたので、当日までの間、何度もメルヘンセラピー講座の内容をHPで確認しました。

だんだんと、
わたしだけが、作品を完成させられないのでは?
最終日の朗読会って。。。そんな恥ずかしいことをするの。。。?
と不安に思い始めました。

案の定、講座開始2時間にしてノックアウトされました。

先輩たちの美しいメルヘン。
みなさん、本当に言葉をよく知っていて描写が美しい。

比べて、わたしは、登場人物さえきまっていません。
ボキャブラリーも豊富じゃありません。

早い段階で、強い劣等感を感じました。

だけど、劣等感を感じて良かった。

わたしは、ちょっとカッコつけたがりなところがあります。
劣等感を感じたことで、カッコつけたがりの自分がスコーンと吹っ切れました。

わたしは、わたしなりにやれることをやろう。
先生がおっしゃったことをおっしゃった順番にやってみよう。
型にきちっとあてはめよう。

とにかくそれだけが頼みの綱でした。

なんども手詰まりになり
先生の輝くアドバイスを受け、駄作でもなんでも、とにかくメルヘンの型にはまった物語を作りあげました〜〜。
おめでとうーみゆきちゃん(笑) 缶詰作家さん気分を味わいました。

これで、こどもたちに自分で作った本を読んであげられる!

このセラピーの目的は

こどもに

物事は自分で解決するしかない
奇跡はない

ことを教育するため

自分が成長するため、言葉遣いを学ぶため

なのだそうです。

自分で解決するしかない、奇跡はない、みんなで協力して解決する、知恵で解決することを学んでもらう。

主人公が敵役を倒すときにものすごく困りました。

最初、わたしは、薬を盛って、倒そうかと思いましたが
それは、アドラーでない解決方法です。それにこどもに学んでほしいことは学んでもらえません。

先生に

その方法はオススメしない。だってアドラー心理学を学びに来たんでしょう?

と言われるまで問題解決のくだりがアドラー的じゃないことに全く気付きませんでした(苦笑)

また、薬を盛って倒すっていう方法は実にずるいなぁと思いました。普段、問題を解決するときにずるい方法を使っているんだよなーわたしって。きっと。

そんなわたしなので

暴力ではなく
アイテムはつかわず
奇跡は起こさず

友人と自分の使える能力を駆使して!協力して

知恵で!!!

敵役を倒す(問題を解決する)のって難しい!!!

いかに普段そうしてないかの表れだ。

主人公が成長すると、自分自身が成長する。先生が初日におっしゃってたことを、
しみじみ感じました。

作品を作ってみると
わたしの稚拙な性格がまるで透けて見えているような気がしました。

とっても楽しい講座でした。
物語を作って、自分の劣等感、自分の知らないストレクス、普段どんな風に物事を解決しているのか。自分探しの旅に行ってきた気分です。

わたしが、今直面している問題が、物語に表れており、また別に日に書けば別の物語となるんだろうな。
また書いてみたい。

先生の輝くアドバイス無しでどこまで書けるかわからないけどそう思うのでした。

ちゃんちゃん。



【奥田 美幸 2016年4月4日】

初めての総会参加ー名古屋で得たもの

第32回日本アドラー心理学会・名古屋総会に(恐れ多くもちょこっとだけ出番
をいただいて)家族の協力のもと3日間のうちの2日間参加してきました!

私が今回総会に参加して学んだことは2つあります。
1つ目は、「平等」
2つ目は、「目標の一致について」です。

「平等」については初日の、シンポジウムの発表「感情制御とパセージプラス」のいろいろなお話の中から「違いを認め合って共存する」ということから学びました。

私が初めてパセージプラスを学んだのは、2年前。
そこから自分なりにエピソード分析をしていて、自分なりに出した私的感覚の多くの共通することに「筋が見えること・論理的であること・それがわかること。」というのがあるのですが、私がアドラー心理学を学び続けているのは、訳がわからない相手との違いが、学ぶことで世の中がちょこっとだけ今よりも見えるようになるからなんだと気付きました。

例えば子育てだと、エピソードの中から自分の私的感覚を出して相手の私的感覚も出してみると、私が子どもに対してできることが見えてきます。そこから構えが変わって、明日からやってみよう!と思えるのは、「相手と私は違う生き物」というその違いがどんな風に違うかエピソード分析によって私なりに明らかになるからなんだと思います。違いを認めること=平等ですが、総会に参加したことで「平等」という感覚をより掴めたのは私の大きな収穫でした。

「目標の一致について」
実は総会に行く前日が、パセージ第5章が終わったばかりでした。
目標の一致のページで(私の中で)メンバーさんに分かりやすく伝えきれなかったのではないか?と考えていたところで、自分の中での理解がまだ甘かったんだと思い目標の一致ってどういうことだろう?とぶら下げながら過ごしていたのです。

パセージでは子どもの課題を共同の課題にできる場合を3つに限定していますが、パセージプラスでは、共同の課題にできるものを限定していません。パセージプラスのツインリーダーも今させていただいているので、自分の中で、「パセージの場合」「パセージプラスの場合」ときっちり意識して分け切れてなかったんだと思います。

2日目のシンポジウム「パセージリーダー養成での学び」から、私は細部にこだわりすぎていたかもしれない。もう少し全体構造をきっちり捉えてざっくりとやるという気持ちが必要だったなと思いました。また実践報告「わが家の家族会議」からは、(そうだそうだ。夫婦会議において私の大きな変化は、夫と一緒に子育てをしていくという大きな目標を一致させたところから再スタートしたんだった)と思い出し(笑)、実践報告「積極的な生徒への勇気づけ」とシンポジウム「保育とアドラー心理学」からは、子どものたちとの目標の一致もそうだけど、職場や周りの人との目標を一致の大事さも感じたりと、たくさんたくさん考えるヒントをいただきました。

そっかぁ・・・私が陰性感情を抱く出来事は、相手と私の目標が一致していなくて、目標が一致していないということはつまりは、相手と私は違うってことが抜けていたってことなんだ。

そう考えると前よりも格段と陰性感情が出てくる頻度や、度合い、持続時間が減ってきたような気がします。

早速、名古屋から帰ると事件が待っていました(笑)

金曜日お昼に届く宅配サービスの箱が未開封のまま玄関先に土曜の夜まで放置されていたのです(ドライアイスなどで食品はなんとか無事でした)。
出かける前に私は夫に、「届いたら冷蔵庫に入れてもらえると助かるな〜」と言いました。

けれどもその箱を見たとき、(え〜〜〜?)とは思ったけど、でも、私と夫は違う人間で、見ている世界が違うもんな〜。普段慣れない子どもたちとの時間でいろいろ協力してもらっていてそこまで意識が回らなかったんだろうな〜と思えて、いつもだったら絶対怒っている場面だけど今回は全く陰性感情が湧きませんでした。

今の私の中で、「違い」を意識することは、どうやらキーポイントになるようで
す。

日本全国のアドレリアンの方とお話できたり、いつもと違った刺激があって、と
てもホクホクした2日間でした。ご一緒した皆さま、ありがとうございました。


【池野 麻矢 2015年10月19日】

基礎講座理論編とその後

11月に神戸で、野田先生の講座を受けてきました。楽しくて、あっという間の4日間でした。
講義はもちろん、歴史のことなど、とてもショッキングで、家に帰ってからも胸がいっぱいで、家族に話さずにはいられませんでした。


さて、そこで学んだ、アドラー心理学の基本前提の一つ、仮想論で

「人は意味づけの世界に生きている」
「周囲のポジティブな出来事に注目するためには訓練がいる。」
「自分の長所20個、家族の長所20個をまず見つけてみよう。」

というお話があり、ちょっと頑張って実践してみました。
これはなかなか楽しい作業で、快適な日々を過ごしていました・・・のはずなのですが、先日、また長男に対して、めちゃくちゃ怒ってしまいました。

あぁ、何でなんだろう・・・。il||li _| ̄|○ il||l

そこで、ふと、また理論編の野田先生のお話を思い出し、

「いったい私のどの私的感覚を、この子は刺激するのかな?」
「点検し、少し修正した方がいいのかな?」

と考えてみました。

子どもに対する一つ一つのエピソードの仮想的目標を点検し、共通することを見つけました。
それは、「もっと早く!」「効率よく!」「成果を出そうよ!」という思いでした。

なんとなく昔から感じていた私的感覚。
点検してみることで、よりはっきりと明確に自覚しました。

そういえば、留学したときの口癖は、waste of time(時間の無駄)でした。
日本人の友だちと日本語でしゃべるなんて、waste of time とか。(笑)
英語を勉強するのに役立ったけれど、今にして思えば、そこまで必死にやる必要あったのかな?とかなり疑問です。
でも、まぁ、勉強や仕事では、こういう私的感覚は、役に立ってきたかもしれません。

それに対して、子ども(6歳)は、とってもマイペース。
私が、「早く〇〇しようよ!」と言っても、無視して本を読んでダラダラしていたり、「抱っこして~。」「一緒に遊んで~。」と言ってきたり、waste of timeだらけ。

なるほど!だから私、抱っこするとき、とってもイライラしていたんだ。
もっと早く!効率よく!成果を出して生きたい!と思っている私
ゆっくり、のんびり、甘えて遊んでいたいのさ!という子ども
なるほど、なるほど。
そりゃ、たまに怒ってしまいますなぁ・・・。

でも、考えてみたら、子育ての楽しみって、そういう遊びというか、余裕だったり、ゆとりだったり、生活そのものを楽しむことだったりするのかもしれない・・・。

甘えん坊でマイペースの子どもに、自分の私的感覚を押し付けて、急がせたり。
もっと悪いのは、自分が早くできない苛立ちを、子どものせいにして、怒ったり・・・。
あぁ、わたし、ちょっと変わりたい・・・。
そう思いました。

また、子ども以外の対人関係でのモヤモヤも、自分の仮想的目標から、私的感覚を点検してみると、ものすごく競合的になっていることに気がつきました。

野田先生に教えて頂いたアドラー心理学の知識とエピソード分析によって、今まで無意識的に考えていたことが、一つ一つスポットライトを浴びて意識的になっていきます。
そして自分の持っている競合性に気づくことが出来ました。

今の段階では、「競合的と分かっちゃいるけど・・・やめられない。」という感じなんですが、たまに協力的にできると、とっても居心地がいいので、少しずつ協力的に変わっていけるかな・・・と思っています。←希望的観測です。(笑)

道のりは遠いですが、これからも、コツコツ頑張っていきたいと思います。


【日浦 知子 2014年11月27日】
 

総会、その魔法 ~参加のすすめ~

10月17・18日、私は初めてアドラー心理学会総会に参加しました。20代のはじめにアドラー心理学を知り、それから機会あるごとに私の人生を一変させるような素晴らしい講義やワークに参加させていただいてきましたが、今回の総会参加はその中でも特に印象深かったので、参加録を書いてみたいと思います。

私がアドラー心理学の仲間に入れていただいて15年以上は経っていると思いますが、私はその間、一度も総会に参加したことがありませんでした。一度も参加したことがなかった理由は「総会って交流会みたいなものかな?なにかを教えてもらう場じゃなさそうだから参加しなくていいかな。」と自分勝手に想像して自己完結していたためでしたが、今回の総会では、「エピソード分析」についての講演とグループワークがあることが分かり、今年の3月に大竹優子さんの「エピソード分析」のお話を聞いて以来、もっと知りたいと思っていることの糸口が何か見つかるかもしれないと思い、初めて総会に参加することにしました。

参加すると決めてからは、家事や育児、そしてパートの仕事をどうやって調整していこうかと色々と考えました。どの発表も聞きたかったのですが、その中でもとりわけ夜にある「自助グループともしび一家~やってみよう!グループでエピソード分析~」にぜひ参加したいと思っていたので、とても迷いましたが2歳の娘を初めて実家で一人泊らせて、私は総会のホテルに宿泊することにしました。娘に了解をとってから、私の宿泊の予約も完了して、ほっとしたのもつかの間、その日から娘の激しい夜泣きが始まりました。数日経てば落ち着くと思っていましたがおさまらず、ひょっとしてと思い「ついていきたい?」と聞くと、泣きやんでうなづきます。総会まであと一日しかなかったので、急いでホテルに問い合わせると、和室が一室だけ空いているとのことで、娘も連れて参加することにしました。パートの仕事と家事を慌ただしく片づけ、夜泣きをせずにぐっすり寝て機嫌のよい娘と母を連れて、私は北九州にやってきました。

総会の会場につくと、数年ぶりにお会いする方たちや様々なワークでともに学びあった仲間たちと再会することが出来ました。そして、初めてお会いする方ともアドラー心理学という共通の言葉を使って、楽しく語り合うことが出来ました。

総会1日目のシンポジウムⅠ『楽しい自主グループ』では、シンポジスト三人三様の楽しい自主グループの在り方をお聞きして刺激を受け、私も知り合いに貸し出せるように、すぐに『Passage』のテキストを5冊購入しました。夕飯を食べてからは急いで娘をお風呂に入れ、少しだけですが娘といっしょに「地方区連絡集会」に顔を出すことが出来ました。娘には、折に触れてICASSIで出会ったアドレリアンの子どもたちの話をしていたからか、いつも元気いっぱい走り回る娘は驚くぐらい静かに座っていて、アドレリアンの集まる場所の雰囲気を感じているように見えました。

21時からは本当に楽しみにしていたグループで行うエピソード分析にメンバーとして参加させていただき、そこで初めてエピソード分析のアルゴリズムの図を拝見して、とても感激しました。それというのも2010年のICASSIやその後の由布院でのYvonne Schuerer先生のライフスタイル分析に参加させていただいて以来、「分析というのは名人芸みたいなもので、とても私にはできない。」と、これまた勝手に自己完結していたので、アルゴリズムを使って、みんなで行うエピソード分析に触れる機会をいただき、私にも出来ることがあると勇気づけられました。

2日目のシンポジウムⅡ『医療現場とアドラー心理学』でも、シンポジスト三人三様の医療現場でのアドラー心理学の活かし方をお聞きし、中でも横山先生の「身体に病気があってもハッピーに暮らしていくことが出来る(私の記憶違いで言葉が違っていたら申し訳ありません)」という言葉に感動しました。以前、医療の場で働いていたとき、そこには治りようのない病気や事情、そして、老いを持った患者さんがたくさんいらっしゃって、そこで私がやっていたことは「それでもハッピーに暮らす」ことを勇気づけることではなく、自分の無力さを嘆くことでした。自分をごまかしていたことにまずは気づくことが出来ました。

午後からは「部活動に活かすアドラー心理学」「新潟の地域活動『ミニ講座』に取り組んで~私たちにできること~」をお聞きしました。部活動にアドラー心理学を活かされている山本先生のお話は、笑いあり涙ありのお話で、中学という多感な時期に山本先生のような素晴らしい先生に出会えた生徒さんたちの幸せと御活躍に胸がいっぱいになりました。新潟のミニ講座のお話では、新潟のアドレリアンたちが指導者から教えてもらうという立ち位置から、自分たちが「ミニ講座」を行うという立ち位置に成長していく様子をお聞きし、現在私が仕事で直面している課題と重ね合わせて勇気をいただきました。それから野田先生の講演『Passage Plus とエピソード分析』で、先生の説明を聞きながら、あらためてアルゴリズムの図を拝見しました。日本中でエピソード分析がなされ、一人ひとりが自分の「取扱説明書」を手に入れ、よりハッピーに暮らしていくのを想像して、とてもワクワクしました。

余韻に浸る暇もなく、家事に育児にと大忙しの日常に戻って、この参加録を書いている今、総会参加から3週間が過ぎました。私はこの3週間、自分が自分ではないような言動をたくさんしました。何個かをここに書いてみます。

まずは、市役所に育児サークルの登録をして、子どもを遊ばせながら体操やおやつ作り、『Passage』を読める場所を押えました。パート先の中学校で先生方に昼休みに貸し出せるように、総会で買った5冊の『Passage』にきれいにカバーをかけました。そして、夫がニュースを見ながら「僕の定年後は年金制度は、どうなってるんだろう?」という私がもっとも苦手とする未来とお金(どちらもよく分からないから怖いのです)に関する話題にも「どうなっとるかは分からんけど、とにかくハッピーに暮らしていこう」と自分で言って自分にビックリしました。なんだか私は魔法にかかったようです。そして、この魔法について考えるとき、必ず思い出すのは全国から集まったアドレリアンたちの顔です。この15年ぐらいの間、「総会って交流会みたいなものかな?」と総会に参加しなかった私は、総会でアドレリアンの仲間の顔を見て、語り合い、まさに交流することで、強力な魔法にかかりました。もちろん、交流だけでなく総会では有意義な発表をたくさん聞くことが出来、総会参加は一粒で二度美味しい経験となりました。

長々と私の初めての総会参加について書きました。もし、これを読まれた方で総会に参加してみたい、アドラー心理学の魔法にかかりたいと思われる方がいらっしゃったら、とてもうれしいです。最後になりましたが、総会をお世話してくださったみなさまを始め、全国のアドレリアンのみなさま、素晴らしい総会を本当にありがとうございました。



【高 幸子 2014年11月7日】

盛岡でアドラーを学ぶ

盛岡でともにアドラーを学ぶ仲間が、アドラー心理学講演会「21世紀の子育てと教育」と「教師のためのケース・カンファランス」を企画してくれた。東北・北海道で、野田先生から教えを受ける機会は珍しい。残念ながら、講演会の方は、8月1日土曜日開催なので参加することができない。でも、アドラーネットで、「教師のためのケース・カンファランス」がとても学べる内容だと知り、早速申し込んだ。前日仕事が終わってから、スーパー特急白鳥、東北新幹線はやぶさを乗り継いで、盛岡へ向かう。

そして、翌日、待望の「教師のためのケース・カンファランス」。最初から圧倒されてしまった。先生方がクライエントになって、日頃、教育現場で悩んでいること、詰まっていることをお話しする。野田先生は、いとも簡単に絡んだ糸を解きほぐしていく。

野田先生が強調していたのは、まず第1に、教科指導をしっかりすること。第2に、不適切な行動はクラスへの適応行動であることを理解すること。第3に、子どもの不適応行動はクラスの中で起こっている、従って、クラスの中で解決を見つけること。

それを一つ一つの事例に即して解き明かしていく。7人の方が、実に様々な問題を持ってこられ、それぞれに一つ二つ大きく解決に役立つヒントを得て帰られたものと思う。野田先生の知識と技に感服する思いであった。野田先生は、ただアドラー心理学の理論を単純に応用しただけだとおっしゃる。でもそこには、野田先生の様々な分野に及ぶ広く深い知識(何しろ学校の先生方が舌を巻くようなそれぞれの教科に対する知識)と豊富な臨床経験からくる生きた知恵が必要なのだと思う。

教育現場と小児科臨床の現場と場所は変わっても、動かす原理は変わらない。とくに不登校をはじめとする心身症関連の疾患への対応に応用できることが多い。また、クリニックの職場運営に役に立つヒントもたくさんいただいた。途中、年齢ごとの子どもの発達状況の概略とそれに即した接し方の工夫をお話ししてくれたが、それもとても勉強になった。小児科の現場でも、大いに役に立つ知識だと思う。

アルフレッド・アドラーは、臨床家であったが、第1次世界大戦に従軍して帰って来てから、子どもたちの教育に力を入れるようになった。すべての子どもが何らかの教育をうけるので、教師がアドラー心理学を学び、教育実践が変わることで子どもが大きく変わるのではと考えたらしい。確かに、今回の相談に来た先生方が、アドラー心理学に基づいた助言を実行したならば、クラスが大きく変わり、多くの子どもたちがそれに影響を受けて、変わっていくのではないかと思えた。

北海道でも、このような場を持てるといいなと思う。今教育現場に必要なのは、アドラー心理学の理論に裏付けられた技なのではないかと思う。

帰りの列車にから見る夕焼け。いつになく美しいと思った。そして、お土産の南部せんべい。盛岡は、折よくさんさ踊りの真っ最中。踊りのパレードを見ることはできなかったが、お土産缶にさんさ踊りが・・・東北の熱い情熱を七飯に届けるのにちょうどいい土産となった。


【高柳 滋治(北海道)2014年8月3日】

Re: 特殊講義と演習「よい人間関係」

野田先生、京都で楽しい学びの時間をありがとうございました。

とても興味深かったのは、今回の講義で、よい人間関係を築いていくために、物語と重要人物とペルソナという概念が使われていたことです。そして、現在の問題が幸福な物語にかわれば、過去の不幸な物語も幸福な物語に変わり、そこに組み込まれているライフスタイルも変化するということを演習で実体験しました。

私が演習で出させていただいたエピソードは、子どもと私と3人で夕食を食べているときに、子どもたちがクイズの出し合いから、口げんかに発展し、長男が怒りをこめて弟に激しく「しね~」などど言い始めて、私が「楽しくご飯食べたいから、向こうでケンカしてくれへん?」と言いました。でもケンカはおさまらず、私が「うるさいから、向こう行くわ」と言って別の部屋行ったというものです。

お話を聴いてもらって、仮想的目標は「みんなで楽しい話をしながらご飯を食べたい」となりました。
また私的感覚は絞りきれなかったのですが、楽しい、穏やか、仲良くなどが候補に出ました。

その段階で物語が浮かんだので、聴いてもらったのが、私の6歳のお誕生日に両親が食卓で言い合いを始めて、あげくの果てにご馳走に水がかかり、私は悲しみの中でひっそりご飯を済ませて、自分の部屋へ行ったというものです。ご馳走が並んで、ドレスを着てウキウキしていたのに、最後は悲しくてがっかりしたという不幸な物語です。

なので、大人になった今も子どもの兄弟げんかや夫と息子のプロレスごっこでも、近くにいればなんだかザワザワ不安な陰性感情がわいてきて、不幸な物語の続きを生きていました。

グループでたくさん質問してもらい、幸福な物語へどうすれば変わるか考えました。

まず、仮想的目標を協力的な目標に変えると習いました。「みんなで楽しい話をしながらご飯を食べたい」は協力的目標だという意見にまとまりました。そこで、課題解決のためのヒントを参考にしながら、対処行動を考えました。今の対処行動では目標を達成できていません。そこで、協力的目標だからそのまま伝えるなどいろいろみなさんが提案してくださいました。
そして、気づいたのは、今言い合いをしているのは、両親ではないし、私も6才ではありません。いい年に成長したし、アドラー心理学を学んでいる母親になりました。なので、子どもたちと食事中のマナーについて話し合うこともできるし、私が楽しい話題を提供してみんなで話をすることもできます。重要人物を親と同一視していましたが、違うと思い出しました。また、グループで、子どもたちは、私にとって言い争いに見えていることも楽しんでいるんじゃないの?と意見がでました。そうか、子どもにとっての楽しいと私の思う楽しいは違うかもしれない!とも気づきました。

両親は夫婦喧嘩もたくさんしていましたが、銀婚式も何年か前に過ぎた今まで離婚の話も出ず、二人で旅行にいき、食事にでかけ、80近くになった今も二人で協力して元気に暮らしてくれています。親のコミュニケーションの方法がうまくなかったのであって、アドラー心理学なども学ぶ機会がなかったのですから、仕方のないことだったのでしょう。

あら、不思議、現在の物語が子どもと楽しい食卓について話し合うチャンス!という幸福なものになれば、過去の不幸な物語も南方出身の熱い夫婦の熱いコミュニケーションの物語に変わりました。

協力的目標をみつけて対処行動を変えれば、自分の物語も変わり相手の物語も変わり、その人との関係が幸福な物語として動くと習いました。子どもたちにも(夫にも!)たくさんの幸福な物語を紡いでもらえるよう、協力的目標を探して対処行動を変える練習をしていきたいと思いました。

2日間、一緒に分析してくださったグループのみなさまもありがとうございました。


【三木 花子 2014年2月26日】

(カウンセラー養成講座けんがくにっき・わたし編につづく)

その日は私の事例も含め11例を扱いました。
その後、実生活に戻ったとき、見学で参加していたことが生きる場面が何度かありました。

その時事例として出ていただいていたエピソードは、私が抱えている状況と全く同じではないし他の方のお話だったのにもかかわらず、自分と家族のコミュニケーションで当てはまることが多かったんです。

(あ~この時は、こんなふうに見ればいいんだ)
(その時、協力的な目標に返るとしたらどうするんだっけ?)

と接し方のヒントにしながら過ごすことができたんです。
応用できているのが我ながらすごいなと感じました。


カウンセリングでは、
「エピソードを丁寧に扱う」
最後は「今日は何を学びましたか?」
という終着点に向かってカウンセリングをする。


解説の多いエピソードでは、
事実だけを取り出すように頭の中で訓練して、
エピソードの中の本質的じゃないもの、
話題が移っていないか、
トピックスは何か。
と考えることが必要なみたいです。


エピソードがとれたら、
対処行動を取り出し、
ライフタスクを考え、
仮想的目標を考える。


ライフタスクと仮想的目標は心の中のもので、クライアントが意識していないものが多いそうです。
だから本人からは出てこない可能性が高いので、カウンセラーがある程度推量することも必要となってきそうです。


あと私がこれからやっていきたいなと思ったのは、のだせんせいがおしゃっていた

「人間の暮らしについてよく知る」

ことだと思いました。

そのためには、良い小説(死後50年してもまだ売っている文学)を読んで(小説はストーリーをたのしむものではないとおっしゃっていました)、人間ってどんなものなのか読むことだそうです。

少しずつ、良い小説などを読んでいこうと決心した夏休みでした。


【池野 麻矢 2013年8月20日】