お約束

以前の日記の後半に書いたのですが、
競泳を始めた息子、
日曜日以外毎日スイミングで泳ぎ、その練習もハードなので、
泳ぐ前に宿題や明日の準備をしておいた方がいいよね。
と、競泳のコースに入る前に親子で話したのでした。

そして、それを息子はずっと守ってくれていました。

でもすごく、すごーく、宿題をイヤイヤやっています。
全身でやだなぁーと表現しながら宿題と準備をしています!

競泳のコースへ行く前は 宿題も準備も彼の好きな時にしていました。
そして、とても楽しそうに宿題をいろいろ工夫しながらしていました。

この約束、合ってないのかも...
パセージのフォローアップでメンバーさんのエピソードから そんなことを感じました。
これ、親の期待を無理矢理押し付けてただけかも。
親が安心するために子どもが協力してくれてるのかも。
と、思いました。

昨日、下校して来て、真っ先におやつやらを食べ終え
宿題に取り掛かかろうとする息子。

子: あーーやだなぁー漢字の宿題だぁー。あーこんなにもあるーあーあー
私: どうした?
子: 宿題がぁー...あーやりたくないーー
(早速 ルールを見直すチャンスじゃないの)
私: そうなんだね。そうか。ねえ、ちょっとこっちに来てママにお話し聞かせてほしいんだけどいいかな?
(ソファーのところで2人並んでくっついて座る)
私: もうさ、スイミングのいまのコース始めて2ヶ月たったでしょ?
子: うん。
私: 2ヶ月たったからスイミングでどのくらい疲れるか、何時に帰ってくるか息子くんはもうわかる?
子: うん。わかるよー
私: そうなんだね。そしたらさ、息子くんが前みたいに宿題をやる時間や やり方をもう考えてできるかもなって思うの
(息子の目のつきがキラキラ変わるのがわかる)
子: うん!わかるよー!できるよー!俺宿題がイヤなんじゃないの。今やりたくないのに今って毎日決まってるのが嫌なの。今日は多いからこの時間 今日は少ないから スイミングから帰ってきたらとか 毎日考えて 決めたいの。俺が決めたいし、毎日同じのはやなの
私: そうだったんだね。そしたら2ヶ月間 ママにつき合わせちゃってたね。ごめんね
子: いいよー。最初は本当にどれくらい疲れるかわかんなかったから大丈夫。ではでは!
(ランドセルに手をつけてない宿題をさっとしまい)
子: ママ!オセロやらない?
私: うん!やろう!

というやり取りがありました。
沢山の親の期待を汲んでそってくれてたんですね。

パセージでルールについて学ぶところがあります。
そこで

親だけが決めて「お約束よ」と一方的に押しつけても、子どもはそういうルールはルールとは認めないかもしれません。

とあります。
みなさんのお家に お約束よ!のルールはありますか?
見直すチャンスかもしれませんね。

【小倉知子(千葉) 2018年3月】

果てしなきPassage


昨日、金ヶ崎パセージ5・6章の単発受講に行ってまいりました。 

大雪の中、奥羽山脈峠越えという、我ながら、なかなかに無謀な行動ではありましたが、なんとなく「パセージだから守られているはず」という、妙な安心感と自信がありました。 
そして、特に運転中にひやりとすることもなく、無事に参加してくることができました。 
ありがたいことです。 

いやぁ、金ヶ崎パセージ、深かったです。 
えぇ、雪ではなくて、学びがね。 

テキストに書かれている言葉のひとつひとつにじっくり向き合って、 
「これは、どういう意味なのだろう?」と、『わかったつもり』にならずに、きちんと引っかかって質問される。 
安易に『正解』を求めるのでなく。ぶらさげる勇気を持っている。 
そんな雰囲気のメンバーさんたちと一緒に学ぶ機会を得られて、本当にありがたくて、グループの最後の方でお話させていただいているときに、ぐっときてしまいました。 

本当は、自分のサブリーダー研修に向けて学びたい気持ちもあって参加したのですが、実際は、それ以上に、ひとりのメンバーとして、ただただパセージを楽しみ、パセージの深さに心を打たれ、「あぁ。やっぱりパセージってすごい」と惚れ直した1日でした。 

昨日の学びで、私が印象深かったことは二つです。 
(え、今ごろ学んだの?ってことが多いかもしれませんが、大目に見ていただけるとありがたいです。←お願い口調、笑) 

①21-L 『意見と事実』 

ペアワークで、話した内容を意見と事実を分け、意見のところは意見ことばで話す練習をしたときのできごとです。 
私は夫への不満のことを話したのですが、 
「うちの夫は、全然気が利かないんです!」 
と、事実ことばで話しているときと、 
「うちの夫は、全然気が利かないと私は思うんですよね~」 
と、意見ことばで話しているときで、自分の感情がまったくちがうということです。 

事実ことばで話しているときは、夫に対して怒ってプンスカしているのですが、 
意見ことばで話すとその怒りがすーっと引いていきました。 
不思議~。 
意見ことばだと、思考も、「まあ、他に、もっとすてきなところがあるから、気が利かないくらいしょうがないと思ってるんですけどね(苦笑)」というような感じになっていました。 
5章を受講するのは3回目のはずなのですが、今回やっと「体で」学べた感じがしました。 

自宅に帰ってから、別件で野田先生の補正項を検索していたら、偶然こんな記事をみつけました。 

・・・感情が第一次的にあるわけじゃなくて、まず「作品」としての(つまり「物語」としての)言葉がある。それが感情を惹起する。その言葉を入れ替えれば、感情は消える。・・・ 
 ~野田俊作の補正項 2004年2月11日(水) 感情の処理~ より一部引用 

ここをみつけたとき、わ~お、まさに今日学んだことだわ♪と思いました。 

もちろん、今までもいろんな場面で、『思考(言葉・物語)→感情→行動』について教えていただいてきたのですが、「意見と事実」に関係してはっきりと体で学んだ感じがしたのは今日が初めてでした。 
ということは、普段の暮らしの中で、「意見と事実」のページの実践が不十分なんだろうなぁと思いました。 
特に夫に対してはそうな気がするので、つまり、「私の方が正しい」「私の方が優れている」と、夫より優越の位置にいたいらしいので(←おいっ!)、しばらくもっと意識して暮らしたいと思いました。 

②26-L 『三種類の学び方』 

今回、ここを読んでいるときに、「あぁ、パセージ(や、アドラー心理学)を学ぶこともそうだよなぁ」と思いました。 
まず、テキストに書かれていることばを通じて学び、パセージをグループで学ぶ中でリーダーさんや他のメンバーさんというモデルから学び、コース中のロールプレイ等のワークや日々の実践を通じて体験から学び、などなど・・・ 

特に、26-L-1のラスト3行の 

ですから、ことばでだけ学んで、実際の体験がないと、ただ地図を理解しただけのことで、現実の世界についてはなにも知らないことになります。ことばは、体験に裏づけられて、はじめて力を持つのです。 

のところを読んで、「なんだ、ここにしっかりパセージ(アドラー心理学)は本(ことば)からは学べないってことが書いてあったんだ」と思いました。 

噛めば噛むほど、じゃなかった、学べば学ぶほど深い味わいのパセージ。 
果てしない、でも、楽しい「通り道」。 
まだまだ、まだまだ、のびしろだらけの私。 
これからもじっくりと楽しんで学んでいこうと思った、今年のアドラー学び初めでした。 
お世話になったリーダーさん、金ヶ崎パセージメンバーのみなさん、ありがとうございました♪ 
これからもよろしくお願いいたします。


【T.M.(秋田) 2018年1月】

『アドレリアン』第31巻第1号

日本アドラー心理学会学会誌『アドレリアン』第31巻第1号が届きました!
全国のアドレリアンの皆さんがどのような研究や実践をされているか、毎号楽しみに読んでいます。

今号で私が一番印象に残ったのは、第1回甲信越地方会の一般演題で発表された方の
「保育園年長児のクラス会議」の実践報告でした。
報告者さんが勤めていらっしゃる保育園では、給食のリクエストメニュー日といって、
年長さんが食べたいメニューを希望できる日があるそうです。
そのリクエストメニューを何にするかという議題で、年長児クラスで、
パセージの家族会議をもとにしたクラス会議をした、というものです。
クラスの子どもたちの様子がていねいに観察されていて、とても可愛らしいです。
年長児の子どもたちが集中して話し合えるように、お互いの意見がわかりやすいように、
様々な工夫をされていて素晴らしいと思いました。

その工夫として次のようなことが書かれていました。
・クラス会議をすることを、当日の朝、事前にお知らせした
・給食のときのようにテーブルの周りに着席して話し合った
・話し合いが長引かないように気をつけた
・一度で決定するのが難しかったので継続審議で次の日にもう一度話し合った
・「カツカレー派」と「いかフライ派」のふたつの選択肢に絞り込み、
 保育室を二分して、希望するメニューの場所に移動してもらった

また、
・他のことをしながら会議をしてはいけない
・クラス全員の会議には全員が参加すること
・相手が納得するように話すこと
をはじめに伝えて、会議のルールを守ってもらっていました。

子どもたちは自由に意見を言えるものだから、色々な意見が出てしまうのですが、
報告者である先生が、ときどき困ったりもしながら、
クラス全員の様子を見ながらも、一人一人の意見を大切に聞いて、
クラスのみんなに意見を求めていく様子が目に浮かびました。
年長の子どもたちの活発さと、大人らしさと、生意気さと、仲間思いなところ、
自分の子どもを通じて私は馴染んでいますが、
彼らと付き合うときに、
子どもたちをうまく乗せていく、こちらの方へもっていくという態度で接してしまいがちなように思います。
ですがこういう風に先生に接してもらえたら、子どもたちはほんとうに幸せだろうと感じました。
大人に一人前扱いしてもらえるということは、子どもたちを何よりも勇気づけると思います。

気になるリクエストメニューの決定については、
「いかフライ派」にただ一人残った子が「みんなが喜ぶと思って」と、カツカレーに同意した、
という感動的な結末が書かれていました。
子どもたちが、自分がどうすればみんなのためになるのかな、と考えて行動を選べたのは、
このクラス会議が成功したからというだけでなく、
このクラスがいつもあたたかく協力的な雰囲気であったからこそに違いないと思いました。


このクラス会議の後、
子どもたちが遊びなど自分たちで話し合って何かを決めていく様子が見られたと書いてありましたが、
それは子どもたちが話し合って決めるのはいいなあと学んでくれたからだと思います。

子どもたちは、きちんと話し合うことができるのです。
私も子どもたちと話し合って色々なことを決めていこうと思います。
テレビのルールも、食事のルールも、あるいは休日の計画も、色々なことを、
一度決めたからといってそのままにせずに、ひとつひとつ点検しながら一緒に家族会議で決めていこうと思います。

私はブログで、地味な(?)子育て実践報告を綴っていますが、
それはパセージを学んだ方々、育児をしている方々に、何かを届けられたらという思いが原動力になっています。
今号の『アドレリアン』を読んで、全国で多くの方々が日々の実践を頑張っておられることを頼もしく感じました。
私も、よく失敗をしながらではありますが、努めたいです。

【M.M.(鳥取) 2017年10月】



エンカレッジ金沢 10月例会

今回の事例は、小学2年生の男の子の食事の仕方について気になっているというお話でした。Aさんは、子ども(B君)が食事の際に左手をだらりとおろしているのが気になり、左手も使うように話をし、食事のたびに気が付くように声をかけたり合図をしたりしているそうです。B君はその時は直しても、また左手を使わないということが数年続いているという状況です。

[事例] 昼食時、左手を使わずにラーメンを食べている (感情は-1)
Aさん:ちゃんと左手使って下さい 
 B君:はーい (感情は+1~2)
Aさん:どうして左手出して食べないといけないかわかる?
 B君:うん。お行儀悪いから (感情は+1~2)
Aさん:そうやね。この前、神戸のおばあちゃんち行った時、給食みたいなガチャガチャ食べててお母さん恥ずかしかったわ
 B君:うーん (感情は+1~2)
Aさん:おうちでお行儀悪かったら、外で食べてもお行儀悪くなるんよ。大きくなって、安倍総理大臣とご飯食べることがあるかもしれんよ。その時にお行儀悪かったら恥ずかしいよ。B君はちゃんとご飯の食べ方教えてもらってないな、って思われるよ
 B君:えー、僕、安倍総理大臣とご飯たべるんか

参加者の質問より
Q:Aさんは、どこが一番困っていますか?
 「右手だけで食べようとしたことです」
Q:いつ、(左手のことを)言ったのですか?
 「食べ始めてすぐに言いました」
Q:その後、どうなったのですか?
 「左手を使っていたのですが、気を抜くと右手だけになって、(私が)あーっと言ったらすぐに直していました」
Q:B君の「はーい」はどんな感じでしたか?
 「わかってますよ~っていう感じです」
Q:いつごろからですか?
 「何年も前からです」
Q:左手を使うこともあるのですか?
 「お茶碗は左手で持ちます。お皿のおかずになると左手が出ないです」
Q:Aさん以外の家族の人たちはB君に注意されますか?
 「わたしのいない時はわかりませんが、注意していないと思います」
Q:家族の人たちもB君の左手のことを気にしていますか?
 「気にしていないと思います」
 (家族の人たち自身も食べ方が良いというわけではない、とのこと)


ロールプレイをし、B君の気持ちを考えてみました
 ・いつも言われていることをまた言われて「しまった」という感じ
 ・おばあちゃんの家での話、聞きたくないな
 ・お母さん、恥ずかしいの?
 ・食事が楽しくないな
 ・安倍総理大臣の話でちょっと話題を変えられるかな

子育ての目標の「私には能力がある」「自立する」「社会と調和して暮らせる」については、"感じられない"が多く、「人々は(お母さんは)仲間だ」については、"仲間だと思う""あまり思わない"の両意見がありました。

ブレイクスルークエスチョンズを使って、B君とAさんの適切な面を探します

B君は、(左手を使わないことが)お行儀が悪いこととわかっている、お母さんの話を理解している、お母さんが言っていることを守ろうという気持ちがある、感情的になっていない、長い話を聞いていて集中力がある、機転がきく、食欲旺盛といったことが挙がりました。

Aさんは、言葉遣いが丁寧、工夫して説明しようとしている、感情的になっていない、日本人として生きていくための大切なことを身に着けて欲しいと思って伝えている、等が挙がりました。

子どもに何を学んでもらえばいいのかを考えます
 ・学んでほしいことは、"左手を使って食べる"としました。

◆ここで、パセージテキスト2L (どんな場合に子どもは不適切な行動をするか)について2L1~4のどれに当てはまるか考えてみました。

2L-3かな、という意見と、2L-4 かなという意見が挙がりました。

2L-3(その行動が不適切であることは知っており、適切な行動も知っているが、適切な行動をしても望む結果が得られないと信じているとき)の理由として
・食欲を満たしたいことが優先になっているのかもしれない
・(左手を使うことは)面倒でできないのかもしれない

2L-4(不適切な行動で注目や関心を得ているとき)の理由として
・(パセージテキスト3Rと12Rを読んで)
 子どもの不適切な行動をやめさせようとする努力がかえって注目になってしまっている
・口をすっぱくして言うからこそ、子どもは不適切な行動をやめない
・不適切な行動は意識的か無意識的かわからない


子どもに学んでもらうためにどんな工夫ができるか考えました

①B君が「はーい」と言って左手をだしたことについて感謝を伝えてはどうか
   (パセージテキスト10L-3)
②B君が左手を使わないことには注目せず、B君の食欲旺盛な姿に注目して、食事を楽しくすることをしてはどうか
   (パセージテキスト4L-2,3)
   (勇気づけのうた 9)

Aさんは、左手を使わないことに触れないとどうなるんだろうといった不安のような様子があったので、①と②の2つのパターンでロールプレイをしてみることにしました。

○2つのパターンのロールプレイをしてみて
 ①のパターンの時のB君の気持ち
 ・お母さんはいつも左手が気になっているんだな
 ・お母さんを喜ばせたかな
 ・お母さんの望んでいることができたな
 ・評価を受けた感じ(横の関係ではない。上から目線)

 ②のパターンの時のB君の気持ち
 ・たくさんおしゃべりできて楽しかった
 ・(ラーメンが)おいしかった、と思った
 ・お母さんが笑顔でうれしい時間だった
 ・食事が楽しい

◆ここで、パセージテキスト10L-1,2を読んで話し合いました。
 
・お母さんが子どもに対し「こうなってほしい」という思いを持ちながらB君が左手を使ったことに感謝の言葉を言うのと、B君が(いつの間にか)左手を使うことが多く見られるようになった様子を見て、ああ成長したなと感じながら「この頃左手を使っているね」と言うのとでは、B君への伝わり方が違うのではないか
・子どもにこうなってほしいという構えでいる限り何をしても上手くいかないのではないか
・B君はもう正しい食事の仕方を知っているので、まずは不適切な行動に注目するのをやめて、どうなるか観察してみてはどうか
という意見がありました。


①よりも②のパターンの方が、子どもが子育ての目標に向かうのではないか、という意見からAさんは「いまにマナーを身に着けられると信頼する構えが大事なのですね」と納得されたようでした。そして、注目を与えずに観察してみるとおっしゃっていました。

さらにテキスト14Rを読み、課題の肩代わりについて話し合いました。注目を与えずにどうなるか観察した結果 1)ずっと左手を使わずに食べていて 2)なおかつ構えが変わったら、テキスト24Lにあるように子どもの目標を的確に知り、それを援助するために自分に何ができるか考えることもできるのではないかと話し合いました。

今回の事例では、いつも不適切な行動に負の注目をしていて、親が望む適切な行動をした時に正の注目をするのは、しばしば不適切な行動に注目するのと同じことになるということ、エピソードの中でのB君の適切なところをしっかりと見て、すでに知っていること(食事のマナー)はできるようになると信頼することが勇気づけになることを深く学べました。

Aさんは日頃からB君に様々なマナーやその他にも知っておいて欲しいことをとても熱心に丁寧に伝えておられます。それらをよく理解しているB君の成長を長い目で見つめ認めていきたいですね、と話し合えた例会でした。


【荒崎陽子(金沢) 2017年10月】



2017日本アドラー心理学会総会@大津

日本アドラー心理学会総会@大津に行ってきました。

滋賀県の琵琶湖のほとりに3日間ほどいました。

が、私、全然、観光していません。
ずっと建物の中でした。

来年の学会総会は石川県能登です。
来年もきっと観光はできないのでしょうなぁ。

で、「なぜ総会に参加するのか」というと、アドラー心理学を日本に持ってきた野田俊作先生や全国のアドレリアンと交流し、お勉強をするためです。

アドレリアンとお喋りをしているだけなのにアドラー心理学的な学びが深まります。

『ダメな私』
と思っていたことが、
『もしかして、私ってイケてる?!』
とかに変わります。

もう、全体が勇気づけにまみれています。
私はその中で勇気づけられ、自分の能力に気づかせてもらいました。

私の「やれること」は、
『当たり前のことで、たいしたものではない』
と、ずーーーーと思っていました。

でも、アドレリアンたちは、私の「やれること」を必要としてくれていました。(たぶん)
それは、私にとって「当たり前にやれること」で、私はちっとも変っていないのです。
不思議です。
私は、「私じゃない別のもの」に変わる必要はありませんでした。

きっと、「子ども」もそうだと思います。
子どもを「別な子ども」に変えなくても、そのままで、ステキな能力があるんだと思います。
(「ダメな子どもをイイ子どもにすること」じゃないって気づきました)


日本アドラー心理学会総会では、シンポジウムや講演などがあります。

今年は、野田先生やウォルトン先生や岸見一郎氏などの目玉的な講演がありました。

野田先生の『20世紀前半の思想状況の中でのアドラー心理学』を聴きながら感じたことは、「マニアックな話だなぁ」でした。

ようするに、「よくわからなかった」ということです。ははは。

私は眠くもなく、話に引き込まれて、じっくり聴いていましたが、野田先生がなにを言っているのかが、さっぱりわからなかったのです。

あとで『アドレリアン』という冊子に掲載されるでしょうから、そちらをゆっくり読んで勉強しようと思いました。
あとは、野田先生の補正項にも少し書かれています。

んで、総会二日目の夜の懇親会のときに、野田先生へ聴いてみました。
「私は簿記オタクですが、もしかして、野田先生はアドラー心理学オタクですか?」と。
そしたら、野田先生は「そうですよ」とにこやかにおっしゃっていました。

そうだ。あれは、「オタク」の範疇なんだ。
 ↓
だから、野田先生が、なに言っているのか、わけわからないのだ。
 ↓
ええ、決して、私が劣っているのではない。
 ↓
オタクの世界だから、私には、わからなくていいや。

そんなふうに思いました。

でも、あそこ(アドラー心理学オタク)までいくと、きっと楽しいだろうな、と思います。


ただ、いまの私には、シンポジウムの若いママさんたちが話している内容のほうが楽しかったです。

日本アドラー心理学会総会@大津で「母親のアドラー心理学」というシンポジウムがありました。

子育て中のママさんがパセージを受ける前と受けてからのお話をしてくれました。

パセージを受ける前は、
子どもたちは、泣くわ、わめくわ、ふざけるわ。
そして、ママは、怒鳴るわ、叩くわ、介入するわ。

パセージを受けた後は、
子どもたちはママに勇気づけられ、朝一人で起きて、宿題をして、学校の準備をし、一人でお風呂に入ったりもするようになったようです。

なんだか、ふと、怒鳴って叩いていた自分の育児を思い出しました。

そして、『子どもを叩いて苦しかったのは、私一人ではなかったんだ。他にもいるんだ』と思いました。

私は、パセージを受けるまで、「勇気づけて育てる」という方法を知りませんでした。

パセージを受けても、うまくできない子育てに七転八倒の日々でしたが、子どもは、あっという間に自立してしまいました。

勇気づけて育った子は、本当にたくましいです。
そして、しなやかだと思います。
(うちの娘のことですが^^;)

総会期間中にシンポジストさん以外の親子さんの話も聴くことができて、子どもさんが高校生になった親子さんの話も聴きました。

そこでも、ステキな関係を築いておられました。

高校生ぐらいになると、親のほうが「一本取られた」という会話も出てきます。
親が子どもに「これしてくれる?」と言って
子どものほうから「選択肢はないの?」と聴いてくるとか。。。

それから、私のブログを読んで、その方の地元で、パセージを受けたという方がいらっしゃいました。
子どもと良好な関係を築いているご様子にうれしくなりました。

「いい加減にしなさいよーー!」と、子どもに怒鳴るのがイヤな方は、
定例会に出たり、プチパセージ&パセージを受けてほしいな、
と思います。

【樋澤律子(岩手) 2017年10月】



プレコングレスが終わって、総会の第一日目にはNさんの発表が終わりました。2日目の午後からは、パネルディスカッション「勇気づけによって実践者を育てるグローバルな視点」です。

 

私は、参加できなくなったK(娘)の代わりに発表することになりました。Kの話は、自分自身がどのように育ったのか、また高齢者施設の作業療法士として、アドラー心理学に基づいた支援をどのように展開しているかについて、昨年の中国地方会で語られたものでした。彼女が発表した実践内容を軸に、日本アドラー心理学会が選択し続けた基本路線(1日常生活での実践、2非専門家によるグループ活動、3基本前提の尊重)による次世代の実践者の育成について話しました。

 

座長のRebecca LaFountain さん(国際学会副会長:アメリカ)は、

「まさしくアドラーが願ったこと。アドラーは、『アドラー心理学』ではなく、『アドラー心理学に基づいた実践』が重要であると考えていた」

とおっしゃいました。

 

発足して3年目だという台湾アドラー心理学会の方が

「台湾では、今アドラー心理学は注目されているけれども、そのうち関心が低くなるのではないかと気がかり。しかし、この話に感動した。アジアで日本と台湾が交流できればよいと思う」

という感想がありました。アメリカの方からは

「この方法で次世代が育つのは、どういう理由と考えるか」

という質問がありました。私は

「それは、日本アドラー心理学会の基本路線があるからです」

と答えました。

また、

「なぜ彼女は、子どものころにアドラー心理学に基づくワークショップに参加するなどの活動によって、支援者になることを決心したのだろう」

という問いには、

「それは、彼女にとって楽しかったからです」

と答えました。

英語に不自由だっただけに、端的な(二語文レベルの)会話がかえって通じたのでしょう。質問者はうんうんとうなづいて、手で「OK」と示してくれました。

 

次に、地元ミネアポリスのアドラーグラデュエートスクールで教えているJanaさんが、ご自身がグラデュエートスクールでどう育てられ、今、何を大切に次の世代を育てているかについて話されました。グラデュエートスクールでは、子犬を育てるように、あたかもそれを自分で決心したかのように導かれたと言います。不安で自信がなかったJanaさんに「いつから自信をもつことにするの?なんだったら今日からはどう?」というように。そして修士課程ではライフスタイルとライフスタイル診断を学ぶために、まず自分自身のライフスタイルについてのトレーニングがなされます。2人の学生に指導する先生が1人いて、学生同士が教えあう形で学習が進んだとのこと。今尊敬する先生方と母校で同僚として働けることを幸福に思うと話しておられました。

 

まったく違う環境でアドレリアンが育つ話でした。しかし、それらはとてもよく似ていました。

 

参加していたアメリカの方が会場から、

「どちらの話も、相手のもつものをそのまま使う合気道のようだった」

と感想を話されました。

 

セッション全体はとてもフレンドリーでした。

 

わたしは、心の中ではこんな気持ちでした。

「ねえねえ、聴いてください。日本にはアドラー心理学で臨床家を育てる大学はないのです。けれども、だからこそ日本アドラー心理学会の基本路線が生かされて、時間をかけて、けっこういい方向で次世代を育成していると思うんですよ」

と。

 

もちろん、日本のやり方が唯一の正解であるとは思いません。アドラー心理学は様々な国でそれぞれの発展をするのでしょう。なぜなら「何が与えられたかが問題ではない」からです。けれども、アドラー心理学である限りには、アドラーの主張と照らし合わせてどうかという検討は絶えずなされなければならないと思います。

 

わたしにとって、初めての国際学会での発表でした。そして、英語を30分も話し(正しくは、読み)続けるという人生初めての仕事でした。にも関わらず、ほとんど緊張しないで、どの練習のときよりも落ち着いて話すことができました。座長さんをはじめ参加されたみなさんの創るあたたかい雰囲気が会場いっぱいにあって、終始わたしを勇気づけていました。さすが、国際的なアドレリアンの集いです。

 

発表を提案したり後押ししたり、英訳を手伝ってくれたり、口演のトレーニングをしてくれたりするたくさんの友人の助けを得て、娘の素直な実践報告をお伝え出来たことはとても幸せなことでした。

 

夜はレセプションに参加しました。ミシシッピ川のナイトクルーズです。みんなで持参したにゆかたが人気で、あちこちから beautiful! と声をかけられたり、写真を撮られたりしました。

 

こんなふうに国際学会の2日目が終わりました。

 

【長谷川理恵(鳥取) 2017年7月】

いっこさんの3days

いっこさんの3days を久しぶりに開催しました。

22日(月)は、「楽育ママ出版記念講演会」でした。
夜の開催ということもあって、お仕事帰りの保育士さん7名が駆けつけてくださいました。子育て支援にいらしているお母さん方も、お友達を誘って参加して下さり、20名近くが集まりました。

いっこさんの楽しくためになるお話に皆さん大きく頷きながら熱心に聞いていらっしゃいました。他園の保育士さんも「来てよかったです」と喜ばれ、本を沢山購入してくださいました。

23日(火)は保育参観後の懇談会にいらして頂きました。
あいにく病欠が3名、早退1名で、懇談会には4名のお母さん方が参加されました。あらどの会にずっと参加されているお母さんが、新米お母さんの質問に答えてくださって、「私たちもがんばろうね」と新米同士のお母さんが仲良くお話していらっしゃる姿が印象的でした。

また、担任を交えての懇談では、あらどの会のベテランお母さんのお子さんが、おもちゃの取り合いになると、「ちゃんと貸してって言ってよ」とか、「そういう時は<貸して>って言うんだよ」とか教える姿があって、「私たち保育士の仕事は無いんですよ」と、保育士が笑って話してくれました。

あらどの会で学ばれたお母さんのお子さんが、園ではクラスの子ども達のモデルとなっているということなのです。そのようにして、学びが浸透していくのだと思うと感慨深いものがありました。

24日(水)午前中は、「あらどの会」。
福岡のMさんや、三角のTさんが駆けつけてくださったり、22日の講演を聞いて本を購入し、「3回読んで質問をしたい事があるから来た」と仰るパワフルお母さんが参加して下さったりと、にぎやかな会となりました。

さすがいっこさん!やっぱりいっこさん!!
いっこさんのお力を感じた3日間でした。
でもいっこさん、さぞかしお疲れでしたことでしょう。
どうかゆっくりお休み下さいませ。

    いつもついついいっこさんに頼ってしまう吉田より


【吉田美由紀(熊本) 2017年5月】

新生活

新しい職場への通勤がスタート。 
最初の2日間を過ごし、明日からお休みなので、ほっとひと息な私です。 

夏場でも、7時頃には自宅を出発しないと出勤時間に間に合いそうになく、片道45分ほどかかるので、「毎日通うのはやっぱり大変だよなぁ」と感じています。 
(冬は確実に6時台に出発になるなぁ・・・) 

まだまだ慣れない環境ですし、体と頭は疲れているのですが、心はけっこう元気です。 

前任校から校長先生と一緒に異動だし、 
以前も同職して仲良くしてもらった(しかも、パセージも受講したことのある)Aさんとまた一緒だし、 
「よかったなぁ」と思いながら新任校に行ってみたら、なんと、他にも知っている人たちが! 
前々任校でご一緒した先生方が3人。
以前いた学校でわりと深くかかわった数人の子どもたちも転校して新任校に。 
お友達のお子さんも何人か。 

そんな「知っている人たち」が、大人も子どもも、にこにことあたたかい雰囲気で私にかかわってくれています。 
ほんとうにほんとうにありがたいです。 
ほんとうにほんとうにうれしいです。 

今日も転校したうちの一人の子が、図書室で 
「あっ!」 
と私に気づいて、自分からにこにこと 
「先生!」 
と、声をかけてくれました。 
「覚えててくれたの?うれしい。ありがとう」 
と伝えたら、 
「うん!」と大きくうなづいてくれました。
「またよろしくね。この学校のこと教えてくれる?」とお願いしたら 
「いいよ」と答えてくれました。 
私が一緒に過ごした頃には低学年だったその子も、あっという間に大きく頼もしくなっていて、 
でも、低学年の頃の雰囲気もそのまま残っていて、なんだかとてもとてもうれしかったです。 

こういう一つ一つのできごとから 
「私は能力がある」 
「○○さんは私の仲間だ」 
と感じ、勇気をもらえているおかげで、がらりといろいろなことが変わっても、このくらいの元気を保てているような気がします。 

やっぱり「所属している」という感覚は人に勇気をくれるんだなと体で感じています。 

「知っている人たち」にくわえて、新しく「知り合った人たち」も、もちろん私に勇気をくれます。 
新たな「居場所」ができることも、それはそれは、うれしくてありがたいことです。 

慣れ親しんだものも、新鮮なものも、たくさんの関係の中で、みんなと一緒に「しあわせ」になれる通り道を探して、毎日楽しんでお仕事をさせていただこうと思います。


【T.M(秋田)2017年4月】

チッチ子ども会議

チッチでは3歳児と2歳児を少人数制で保育をしています。

チッチの保護者はパセージを受けて下さっており、家でも「家族会議」をされています。
昨年から試しに「チッチ子ども会議」をしています。

どれだけできるのか?お試しです。

昨年クリスマス会の劇の「大きなかぶ」の劇の配役をみんなで決めました。

山口ではない先生にお願いしました。

先生「みんな家族会議って知ってる?」

子ども「お父さんがソファですぐ寝るからどうしたらいいか話すること。」
(注)パセージの課題シートで子どもがパパの真似をして困るというのが出ていました(笑)
先生「(笑) あ~よく知っているね」がスタートで話し合いました。

みんな手を挙げてしっかり意見を言ってくれました。

チッチの保育では3月3日お雛祭りは、滋賀里にあるグループホームへみんなでいきます。
高齢者の方々と一年を通して交流しているいる一環です。

今日は「お雛祭りにおばあちゃんの所に行くけれどどんな事をしたら、おばあちゃん喜んでくれるかな? みんなでお話してもいいかな?」でスタートしました。

子どもが「はい!」と手を挙げてくれました。

Aちゃん「みんなでお歌を歌うといいと思います。」

先生「はい、ありがとうございます。Aちゃんはお歌を歌うといいと思うそうです。
ほかにはありますか?」

Bちゃん「家にお雛様の本があるから読むといいと思います。」

等々いっぱいお話が出ました。

4歳になっている子どもはしっかり意見を伝えてくれます。

3歳の子どもも家で家族会議をされているので、しっかり手を挙げてくれますが、
内容はよくわからないこともありますが、先生はしっかりと話を聴きます(笑)

イハイと沢山手が上がった時は、一人を指名し、他のお友達には待ってもらいます。

今はみんなしっかり待てるようにもなりました。

こうして話し合える様になった事をみんなで喜んでいます。

チッチの最近の報告です。

【NPOチッチ代表 山口育子(滋賀)】

アドラー心理学の普及に関して

書籍『嫌われる勇気』がベストセラーになり、「アドラー心理学」の名前が日本中に知れ渡るようになりました。この波に乗らんかなとばかり「アドラー」と名がつけば、なんでもアリというような風潮も見られるようになり、「アドラー家計簿」「アドラーダイエット」「アドラーおかたづけ」など、もう目を覆いたくなるような本も見かけられます。


自助グループにお見えになる方で最初のアドラー心理学との出会いが書籍の『嫌われる勇気』という方々がおられます。本を読んだあと、インターネットで探し回って(それこそたくさん調べたそうです)学会ホームページに辿りついたり、自助グループを見つけてお見えになられました。その後も熱心に自助グループに参加なさるみなさんに共通しているのは「あたたかいものを感じた」「うそがない」「地味だけれどしっかりやってそう」と仰る方が多いように思います。一方で、その後はパッタリという方々もおられます。パッタリ系のみなさんは、パセージ(*)中に貧乏ゆすりをされたり(笑)、「リーダーがこたえを言わない」とイライラされたり「声かけより親側の構え」なんて話がでると、イヤーな顔をされたりなさっていました。


健康法やダイエットでも「これさえやれば」のようなものが流行ったり、二番煎じが出てきては消えの繰り返しの世の中ですが、ここ数年はアドラー心理学がそんな扱いをされていたのかなと思います。自分が楽になるために課題を分離したままにするとか、個人の主体性で(周りへの影響を考えずに)なんでも決めちゃってもいいんだー、そういう心理学あるんだー等と、とても安易にうわべだけの情報を持ち帰り、自分の解釈で実践し、失敗してしまって、別の心理学に飛びつくというのが現在の状況のように思います。


私は、本当にどうしようもなく動物的で競合的なので、アドラー心理学に出会って、マシな人間になるための歩みが始まったと思っています。その歩みは、1人ではないので、こわくないし、楽しいです。一方で仲間と折り合い擦り合う場面も多くあるので、話を聴いたり、妥協案を考えたり、お伝えのしかたを工夫したり、とパセージや講座のテキストを書き写したり、読み返しながら、アドラー心理学の実践を頑張っています。歩みの先には、素晴らしい先輩がおられるので、困った時は下を向かずに、前方の先輩の背中を見て真似たり、懐に飛び込んで直接ご指導いただいています。


健康だって、これさえやればの特効薬はなく、コツコツとした毎日の積み重ねで手に入れることができます。一度、健康について真っ向から向き合った人はそれがわかると思います。アドラー心理学についても同じで、本当に親子関係をなんとかしたい、人々と幸せに暮らしたいと、人生の諸問題に真剣に向き合ってきた人が、アドラー心理学に触れたとき、アドラー心理学の素晴らしさ、実践することの辛さも楽しさもわかるのだと思います。


ですから、正しいアドラー心理学を伝承していくためには、アドラー心理学を触れる(さわれる)場所があること=自助グループが全国各地にあることしかないと思います。そしてその場所で、メンバーが真剣に悩み、考え、意見交換しながら、みんなで成長しあうことを一緒に体験し、その体験をそれぞれの現場に持ち帰り、実践して、いい相互作用が生まれる、そんな場所を1つでも多く増やしていくことかなと思います。


ここ数年で、リーダー養成講座では私を含めて、毎年パセージリーダーが誕生しています。パセージを開いて、自助グループができて、アドラー心理学の伝承する基地局を仲間と一緒に育てながら、私ができることをしていきたいと思います。


もし、「アドラー心理学」ってどんな心理学なの?と興味をもたれた方、本やテレビ、講義からアドラー心理学を知った方は、生の学習グループにおいてください。現場で共に学んでいただけますと、アドラー心理学を「実践する」ことのあたたかさや楽しさをおわかりいただけると思います。健康の素晴らしさが本でわかっても、自分が健康でなければ意味がありません。コツコツと体を動かすことから健康への第一歩が始まります。自助グループはそんな場所です。みなさんと共にコツコツと学んで、アドラー心理学を実践していけたら嬉しいです。ご興味のある方、ぜひお待ちしております。


*パセージ=アドラー心理学にもとづく育児学習プログラム


【岡山恵実  2017年2月28日】