私のアドラー心理学


エンカレッジ金沢は、ここ数か月、持ち回りでブログの記事を担当しています。

今回は、エピソードに基づく記事にはならないと思いますが...

「いろんなパターンがあってもいいよね。」と、勝手に納得し、最近思っていることを書いてみようと思います。

 

私 がアドラー心理学と出会ってもう7年が過ぎました。

この間、私なりに学びのテンションを緩めることなく、アドラー心理学に出会ったご縁に喜びを感じながら、年を追うごとにハマり続けてきました。

仕事もまあまあ忙しく、何とか時間を空けて、夫や三人の娘に協力してもらって、ちょっと無理して、充実しながらハマり続けてきました。

こで、今回は私が恋に落ちた?「アドラー心理学のここが好き!」を書いてみようと思います。

と、言っても書くときりがないので、「ここ最近私のベスト5!」と勝手に絞ってみました。

 

・1つ目は、全ては仮想であるという考え方。

 

  いつつは仮想論と名づけられ

  個人は事象を勝手に解釈し

  それを事実と思って生きていく

  主観の世界に人は生きている(基本前提の歌 35)

 

どういう風に意味づけをするかで変わってくるというところが、とっても魅力的なのです。

勇気がわく感じ...わくしかない!というところが好き。 

 

・2つ目は、個人の主体性という考え方。

 

  ひとつは個人の主体性といい

  個人が心と体を動かすが

  心が個人を動かすのではない

  個人はいつでも主語の位置にある(基本前提の歌 4)

 

「結局、自分が変わるしかないのか...」→「自分が変わればいいんだ!」と、毎度毎度の展開ながら、勇気がわく感じが好き。

 

 

・3つ目は最近のマイブーム!なんといってもエピソード分析が面白くて好き。

 

エンカレッジ金沢は、ここ1年間くらいカウンセリング練習ブーム?なのですが、それぞれが確実に前に進めた1年間でした。

エピソード分析を学び、カウンセラー役になったり、カウンセリングをしてもらうことによって、アドラー心理学を実践していこうという勇気が充電されるのです。

私自身は、子供にイマイチな対応をしてしまって、「カウンセリング練習なんてしてる場合じゃないやん!!パセージもできてないやん!」と、いう場面が未だによくありますが、それでもとにかく学びたい!と思わせる魅力があります。

 

 

・4つ目は自助グループの仲間が好き。

 

アドラー心理学に出会っただけでは、ここまでハマることはできなかったと思っています。切磋琢磨しながら、ちょっとづつ成長しながら同じ目標に向かって頑張れる仲間と支えあっているのです!「チーム金沢」な感じが好き。

 

 

・5つ目は、アドラー先生からの教えを受け取ることができ、そしてその教えを未来に手渡していくという感じが好き。

 

  創始の師なるアドラーと

  ドライカースとシャルマンと

  多くの師たちと同学と

  教えを頼りに学ぶべし(○○の歌の冒頭より)

 

私に教えて下さったどの師たちも、素敵すぎて...

そんな師たちとアドラー心理学を学ぶことでつなっがっていられることが好き。

流行に左右されない感じが好き。

ちゃんとつながっているから大丈夫。な感じが好き。

 

 

以上「アドラー心理学のここが好き!ここ最近私のベスト5!」でした。

私の世界過ぎて、ちょっと分かりにくい?記事になってしまいましたが、アドラー心理学がシンプルに好き!で、一生かけて学ぶに値するものに出会えた自分の引きの強さに、ちょっとニヤニヤしてしまいます。

これからも、ハマり続けることは必至ですが、身に付いた力を家族、子ども、夫、生徒、同僚...に少しでも役立てることができるよう精進していきます!

 

【石川美紀子(石川) 2019年7月】

全ての手段は勇気付けるために


こんにちは。

昨日朝でんくん(小2)が起きてすぐ

やっぱり怒られるから学校行きたくない。。と言いました。
私はちょうどトイレへ行きたかったのもあったのでちょっと待っててトイレ行ってくるからと答えました。

やっぱりそうきたかーと思いました。

その前の日こんなことがあったのです。

夜8:00
本読みカードをもってきたでんくん。
書こうと中をみると

作文を学校で書けなかったので書いてきてくれると助かります。
と母向けに先生からのメッセージがありました。

でんくん、作文の宿題もあるみたいよ?

と聞くと

無いよ

と答えるので

先生がここに書いてたのよ。ほら。

と見せるとだんまり。

その後わかった情報が

400字詰1枚
テーマはたのしかったよ2年生
原稿用紙は日曜日に紛失したことに気づいていた
明日が発表

じゃあ、前と同じく、さらちゃんといっしょに書いたら?

と言うと

どうしてもやらなきゃダメ?
やらなきゃゲームできない?

と。

え?いやそう言うわけじゃ無いけど。例えばやらないとどうなるの?

怒られるだけ。

ふーん。。ママはやったほうがいいとはおもうけど。

。。。

怒られることにしてやらないで学校へいくの?

うん。

ふーん。。。

といったやりとりがあった翌日でした。


翌日の行動はわたしの感覚だと

自分の行動に責任が持てない。
後始末を逃げる。
好きなことだけやっといて
その後待ってる自分のせいで発生した何かからも逃げる勝手。

最も気になりいつも激しい怒りを感じる案件なんです。

で、クールダウンも兼ねて入ったトイレにいるわけです。

部屋へ戻るとでんくんはまたふとんへ戻っていました。

そこで私は話を聞きたいとおもいました。

だけど、いつものわたしはマイナスの雰囲気で学校へ行かせることを目標に話をきいちゃってるんです。
それは良くないと思いながら、そうしていました。

この冬から春にかけた
4回講座エピソード分析by中井あゆみ先生
そのあゆみ先生が最初から終わりまで貫いた

全ては勇気づけるためという姿勢。

わたしは話を聞く前、急にその姿勢を思い出しました。

後始末をさせるために、学校へ行かせるために話を聞くんじゃない。

勇気付けるために聞くんだった。

でも何をどう勇気付けるんだい?
でんくんはどういった感じで勇気をくじかれていたんだったっけ?

勇気付けってなんだっけ。

と頭総動員で動かし
パセージのページ
5、10、15が勇気付けのページだったはずと思い出しました。
そうだ!尊敬よ!!re spect もう一回見る

どんなところがいいのか?見てみよう

そりゃこうやって想いを口に正直に話してくれたことよね。

そうやって自分の会話の癖「学校へ行かせるために話を聞く」をいったん保留にすることにした。

落ち着いたところで思い出す

講座中のあゆみさんは、話を聞いた時点でクライエントさんに学んでもらうことがなんなのか決まっていたこと。


でんくんの今回のこの話も何を学んでもらおうか?まず考えてみることにした。

学んでもらうことは1-Lの中にしかない。

こどもが人々は仲間だと思っている
私には能力があると思っている
自立しているか
社会と調和しているか

作文を書けなくて先生が怖いから学校へ行きたくないっていうでんくん。

何を学んでもらうんだろう。

本人の本当の願いはなんなのか。

そう思ってあゆみさんや先輩たちやリーダーマニュアルを真似して話を聞いた。

考えと感情と今後の行動


ここまでずっと穏やかに話してくれたでんくん
目標を聞いてみようと聞いてみた

でんくんは本当はどうしたいの?

しばらく待った

わかんない。。。と言われた。

そうだよね難しいことをきいちゃったね
例えば
本当は学校で作文を発表したいとかさ

うん。本当はちゃんと書いて発表したい!

そうかほんとうの願いは

ちゃんと作文を書いて学校へ行きたい。

やっぱりそうか。と思った。

じゃあ学校遅れちゃうけど書いて行くのもありじゃない?
国語のテスト見てるけどもう書く能力十分だとママは思う
喋るのも上手だしきっと書けると思う

そう言って

作文を書いたでんくんは1時間遅れて学校へいった

学んでもらおうと思ったのは社会と調和すること

勇気付けるため話をきく全てはゆうきづけるためにするんだっていう大きな学びを
でんくんの事例で気づいたので

先輩たち同学のみなさまへご連絡いたします。


【自助グループ一員(静岡) 2019年3月】

娘からの吉報と多祥(タシ)


ども。娘をパセージで育てたパセージリーダーりっちゃんです。

でも、私がパセージを受講したとき、
娘は、もはや中学生になっていたので、
パセージ適齢期の子にパセージを実践するよりも
ちょい難しいようでした。
(パセージの適齢期が何歳かってのは、定例会に聞きにきてね♪)

でも、パセージって、

子どもをいい子などに変える育児プログラムじゃなくて、

子どもとの関係を変える育児プログラムと思います。

なので、「うちの子、いい子になったのよ~」というよりは、
「うちの子と私、いい関係になったの」って感じのように思います。

そんな、うちの娘から、電話でうれしい報告がありました。
(そんなって、どんな娘なんぢゃ)

電話をしてきた娘が、とてもとても興奮して、
ウキウキと喜んでいる声が聞こえてきました。

電話を切ってから考えてみました。

「うれしい報告」は、それなりにうれしいのですが、
それよりも、

『こうやって子どもの喜んでいる声を聞くことができるって本当に幸せだなぁ』

と思いました。

母親になってよかったなぁ、と思う瞬間です。

子どもがもたらしてくれた「結果」がうれしいのではなくて、
『わーい、お母さんに電話しよう。お母さんに話そう』
と思ってくれて、行動してくれる子どもがいることの幸せです。

夫もそうです。
なにかあると『りっちゃん(妻)に言おう!』と
思って、行動してくれます。

もちろん、これが吉報でなくてもよいのです。

子どもにいやなことがあって、
『お母さんに言おう。めそめそ』も
同じくありがたくてうれしいことになります。

私が主にアドラー心理学を学んでいる岩手のグループは
「多祥もりおか」と「多祥けんなん」です。

多祥(タシと読みます)とは、チベット語です。
意味は、「喜びごと、吉祥」です。

子どもを育てること、人を育てることは喜びごとだと思います。

生きているといいことばかりでもありません。
一般的な「悪いこと」からでも、学ぶことがあると思います。
学ぶことがあるということは、やっぱり喜びなんだと思います。

いいことも悪いことも「お母さん、あのね」って
言ってくれる子どもを一緒に育てませんか?
そして、自分も育てませんか?

子どものいいことは聴きたいけど、
悪いことは聴きたくないっていうのは、
自分が育ってないな、と私は感じたのです。
(たとえば、動揺するとかもかな)
だから、私は娘が大人になったいまでも
アドラー心理学で子育てを勉強中なんですよね~。

子育てや自分育てに悩んでいたら
お喋りしに来てくださいね。


【樋澤律子(岩手) 2019年5月】

枠組みの変化

娘は6年生になり、このところまた一段と大人びてきたように感じます。

娘が学校などで起こった嫌なことを話すとき、言葉遣いが乱暴だったり毒舌であると感じることがしばしばあり、
私はそのたびに、
それは言い過ぎじゃない?
ちょっと!言葉!!
と小さな陰性感情が湧いておりました。
 
そこでうーんと考え、
娘のよい意図を出してみました。
 
・外で同じように話しているわけではなさそう
・私を信頼して、安心してくれている
・その都度その都度娘には娘の事情があり、言い分がある(のにその場では上手にいなしている)
 
うんうん、そうだよね。十分考えているし、家では言いたいこと言いたいんだよね。
 
そこでふと、
そうか。
じゃあせっかくだから娘の話を聴いて、これからどんなことができるか相談に乗ろう!
とひらめいたわたし。
 
ある日、娘が不満を話してくれた時をチャンス!と思って、切り出してみました。
 
私『そうなんだ。そのとき、娘はどんなこと考えてたの?』
娘『え?』
私『いや、、最近その話題多いし、何か解決できること探せないかなーっておもって。』
娘『かいけつ・・?』
私『だって、そんなことあるの、やなんでしょ?』
娘『うん、まぁ・・。』
私『娘は、相手にどうしてほしかったんだろうね?』
娘『相手に?えー、そんなのない!相手がやめればいいだけ!わたしが考えるなんておかしい!』
私『・・・。』
娘『もう大丈夫。この話はもういいかな。』
私『はぁい。。』

話を聴こうと思っただけなのに、娘はイライラした様子で席を立ってしまいました・・・。
 
そうして残されたわたしは一人反省会を開くことにしました。
 
なにがまずかったんだろう?
もっと娘の話をしっかり聴いてから相談に入ればよかった?
もっと娘のよい意図を伝えてからの方がよかった?
自分の陰性感情はしっかりなくなっていると思ったけど、残ってた?
 
つらつらと考えていて、
はっ
と気づいたこと。
 
娘はどういう目的でわたしに話してたのかな?
 このことで困ってるから、どうしたらいいか相談に乗って、と頼まれたかな?
 
頼まれてないのに、わたしが毒舌が嫌でそれを私の望むやり方で話してもらうように、要は娘を変えようとしていたんだ。
それって、起点がそもそも支配的だよね。
 
陰性感情もないし、からだもゆるんでいたのに、わたしはリラックスして娘を支配しようとしていたんだ。。
 
ひぇーーー、恐ろしい~!ガーン!
 
でもまてよ?
 
娘がもっと小さい時は、
公園で嫌なことをお友だちにされた、と泣いて私のところに来た時、、
 
わたしは同じように、
「どうしたかったの?」
て聴いたよね。
 
娘は一生懸命考えて、
「あれはわたしのおもちゃだ」とか何とか言ったりして、
じゃあどうしようか、話し合ったよね。
 
なにがちがう?
 
あ、、、
 
「相談的枠組み」
 
これだ、きっと。。
 
公園で泣いた小さな娘は、
お友だちにされた嫌なことについてお母さんを頼っている。
これからどうしようかを話し合うか、
可哀想ねぇと抱きしめるか、
かわりにお母さんが怒鳴りつけてやるわと乗り込むか、
それはお母さんが決めることだけど、
ともあれ子どもはお母さんどうしよう、と頼っている。
 
でも今の娘は、
学校など外であった嫌なことについて私を頼ってない。
これからどうしようか話し合ってとも、
可哀想ねって抱きしめて欲しいとも、
かわりにお母さんが怒鳴りつけてきてとも、
多分どれも望んでいない。
 
じゃあ何を望んでいるか。
 
家でくらい好き放題言わせてくれ。
 
とかかな。
 
そうかー、
娘は成長して大きくなって、
困ったことについて無条件で(まぁほんとは無条件じゃないけど)わたしが何か助言できる相談的枠組みはなくなっているんだ。
 
ふむふむ。
 
なるほどね・・・。
 
だんだん整理がついてきました。

娘の話を聴こうと思って失敗し、
一人反省会を開いて、

まずこの話について娘の目的はなんだったんだろう?
そもそも私の目的が、娘の毒舌を封印するために話を聴こうとしていた。
娘は小さい頃と違って、どんな話でも親に助言を求めるわけではなくなっている。
相談的枠組みが変化してきてるんだ。。

ということに気がついた私は、ある日、お互いがのんびりしているときに、娘に聴いてみました。
 
私『あのさ、こないだわたし、あなたの話ちゃんと聴けなかったでしょ。そのことでお話聴きたいんだけど。』
娘『話を聴けなかった話を聴く!(笑)』
私『(笑)ややこしいね(笑)でね、わたしは娘の話を聴くのが好きだしたくさんいろんな話をして欲しいなって思うの。
 だから娘にとって話したいことを話せる親になりたいんだけど、どんなふうに聴いて欲しいと思う?』
娘『いいよ~母上はそのままで~(笑)』
私『ありがとう(笑)じゃあさ、例えばこないだみたいにネガティブな話のときとか。嫌なことがあったときのこととかは?』
娘『そうねぇ・・・ただふんふん聴いて欲しい』
私『そうかー。そうだよね。わかりました。じゃあ内容には口を挟まないで聴くね。
 それで相談なんだけどね、、もしさ、もしも、その言葉はちょっとなーってわたしが感じたときに、その言葉を別の言葉に言い換えるとどんな言葉がある?って聴かれるのって、どうかな。』
娘『いいよいいよー。ありがとね、そこまで考えてくれて。
 じゃあ私も、ただ聴いて欲しい時は"この話はただふんふん聴いてね"って最初に言うことにするね。』
私『ありがとう。わかりやすくて助かる!
 じゃあ、聴いていてもし気になる言葉があったら、ちょっと口をはさむ感じになるけど・・。
 何か不都合があったらまた教えてくれる?』
娘『わかったー(^^)』
私『話し合ってくれてありがとう!』
 
 
こういうときに、親子関係のベースをいつもしっかりよく耕しておくって本当に大切だなって思います。
 わたしが失敗してうっかり娘をイライラさせてしまったのにも関わらず、
そしてそのイライラさせてしまった話題を持ち掛けたのにも関わらず、
 娘は軽やかに話し合いの席に着いてくれました。
 
実はこの話し合いをしたのが確か今年の二月くらいです。
 
それからとても不思議なのですが、、、
この話し合いを境に娘の口調がとても穏やかになり、オブラートに包んだ表現をするようになったんです。
 
あ、一度だけ娘の言い方にピンっと反応したので『ちょっといい?』と口を挟んだら、
『今は黙って聴いていてくれる?』と断られたことがありました。
でもそのときも、ひとしきり話が終わると娘から『で、さっきのなに?』と聞いてくれました。
やっぱり最中は嫌なんだね(笑)まぁ、そりゃそうだよね(笑)と納得です。
 
覚えているのはその一度くらいで、今は多少強い言い方をすることはあるけどずいぶん言葉を選ぶようになったと思います。
 
嫌だな、やめて欲しいな。
と思っていた時は盛んに言ってたのに、
 
どんな話でもしてくれるって嬉しいな、どうしても気になったときだけ、ちょっと口をはさませてもらおう。
と思ってからは言わなくなる。
 
・・・ん?
 も、もしかして注目関心だった!?(←あいも変わらず今更な気づき・・)
 
何はともあれ、思春期に入った娘は今後ますますさまざまなところで『親は立ち入り禁止!』の看板を立て始めるようになるかもしれません。
 
大人の5年はズルっと過ぎるけど、子どもの5年は大きく変化します。
 
ズルっと以前と同じような対応をするんではなく、
目の前の娘を見て、丁寧な育児をしていくことを改めて心に留めた出来事でした。
 

【久郷 緑(茨城) 2019年4月】

「アドラーのおかげです」

1月26日、年明け初めての松阪のフォローアップの会へ行ってきました。 
2018年に始まったパセージで、それなりに時間が経ちましたが、
メンバーの大半は子育て中からのママ友ということもあり、みなさん会うことを楽しみにしていて、
リーダー不在の時はテキストを開かずに終わるということもあるようです。
おしゃべりは活発ですが、事例をというと俄然静かになることもあります。

この日は、2名の参加で私を含め3人でしたので、近況を詳しく話してくださいました。 
ひとりの方は、お姉ちゃんのOA入試で短大への進学が決まった、というお母さん。 
ご両親とも進学でなく就職をお願いしたそうですが、
「学費は自分でなんとかするから」と進学を希望し選んだ短大だそうです。
2年ではなく3年コースを選び、午前は授業、午後はアルバイトできるよう授業が入っていないとのこと。
そして就職は地元に戻って保母さんになると返さなくても良いという奨学金を申し込んだとか。
寮も安く、ご両親もこれなら、ということで進学を応援したとのこと。
合格し家を出ることが決まってから「お母さん、私の部屋はこのままにしておいてね」 と念を押したそうです。
「地元に戻ってきて地元で働く、ともう決めているんだろうね」とお母さんから笑みもこぼれます。

そんな話を伺って「頼もしいね」というと、「アドラーのおかげ^^」とおっしゃいました。 
そのセリフをきいて、正直びっくりしました。 

この方はまだそのお姉ちゃんが保育園の頃、一度パセージを受講されていた方でした。
その後は一度もフォローアップに来ることもなく、一昨年のパセージのときに10年以上ぶりにお会いしたのでした。 
パセージのテキストも一度も開くこともなく過ごしてしまった、と。 
「親の課題、子どもの課題」「目標の一致」などパセージ用語も忘却のカナタ、でした。

なのでどういうところがパセージのおかげだと感じているのかな、と思ったのです。 

話を聴いていくと、どうやら
毒ガスを止めた(止めようとこころがけている)、子どもを信頼することにあるのだな、と思いました。 
例えば、中学に入って部活が3ヶ月で3つも変わったときもぐっと我慢、余計なことを言わずおまかせした、とのこと。
ちょっと入った部活でユニフォームを買ったりもしたとのことで、
ひとこと言いたくなるのを、アドラーを思い出してぐっと我慢したこともあったそうです。
結局、吹奏楽部にはいり高校進学も吹奏楽が活発なところを選んだとのこと。 

この日、何度このお母さんから「アドラーのおかげ」というセリフを聞いたことでしょう。 

私から見るとパセージから離れていたようにみえても、子育てをしていく中でその方は、
お口をチャックして余計なことは言わないことを(アドラー、アドラー)と思い出しながら、
がんばって実践されていたのだなあ。 
一点突破、お見事です。 

学ばせていただきました。 


【河野直子(三重) 2019年1月】

12月6日定例会


12月6日にAdlerjala定例会を開きました。
参加してくださったのは、大人2名と、1歳の子どもさん1名でした。
みなさまどうもありがとうございました

今回は初めての方が来てくださいました。
でも実は、今回ご一緒したみなさまとは、とある関係で
子どもさんのことをお互いによく知っているので、
初めましてというより、お久しぶりという感じでした。
パセージでもアドラー心理学の臨床でも、エピソードを中心にしてお話を聞いていくのが基本ですが、
今回は例外的にエピソードを扱わず、
初めて参加の方からのご質問に対して、パセージテキストを読み合わせしながら、
アドラー心理学の育児についてご紹介するという内容になりました。


前回の定例会の後、どうでしたか?と、前回事例提供をしてくださったメンバーさんにお聞きすると、
前回のエピソードをお話ししてくださって、
感情が私を動かしているんじゃなくて、私が感情もコントロールできるんだということが印象的でした、
と言っていただき、とても嬉しかったです。


アドラー心理学育児の、ほめない、叱らない、勇気づける育児って、どういうことなんだろう?
叱らずに、ほめずに、どうやって必要なことを学んでもらえるんだろう?
という本質的なご質問をいただいたので、
まず「アドラー保育の歌」をみんなで歌いました。
「アドラー保育の歌」と「アドラー育児の歌」は、
アドラー心理学の育児の心構えがわかりやすくまとまっています。
(ただ、わかりやすすぎて、当たり前といえば当たり前とも思えてしまうので、
 パセージテキストと併用するのが良いように思います。)


♪アドラー保育のうた♪

  まず感情をおちつけて よい関係を保ちましょう
  いけないところは気にせずに できたところはよろこぼう

  いけないこととすべきこと 理由をちゃんと説明し
  わかってもらって選ばせて その他は自由にまかせよう

  言葉を使って予測をし 体験通じて学ばせて
  世界の仕組みを知るように かしこい子どもを育てよう

  いつでも居場所があるように 人は仲間と思うよう
  自分を信頼できるよう 勇気づけつつ育てよう

                                        作/野田俊作


それから、パセージテキストを読み合わせしながら、話し合いました。
ときどき「アドラー保育の歌」も参照しました。「アドラー育児の歌」も歌いました。
1L「子育ての二種類の目標」
7L「罰の好ましくない副作用」1「罰は負の注目になる」
8L「賞の望ましくない効果」1~5
8R「賞と勇気づけはどこが違うの?」
25L「人間は感情の奴隷ではない」1~3
13L「子どもの課題と親の課題」1~2
13R「子どもはなにを学ぶか」


「この言葉がけは賞になっていないかな?勇気づけになっているのかな?と、
 気になることがあったのですが、大事なのは言葉そのものじゃないんですね!」
とメンバーさんが言ってくださって、
本質的なことに気づいていただけたのだなあと、嬉しい限りでした。
子どもさんによって、時と場合によって、何が勇気づけになるかは違うと思います。
でも、勇気づけの姿勢といいますか、こちらの構えはひとつです。
子育ての目標も、変わりません。
アドラー心理学の育児では、
勇気づけの構えで、子育ての目標に向かって、
そのときそのときの子どもさんとのやり取りの中で、具体的な対応を工夫していきます。

こんなときはどう言えばいいのか?どうすればいいのか?という、万能薬はありません。
でも、こんな状況をどのように理解して、どのような方針を立てればよいのか?という、
解決策を導く方程式はあります。
その前提にあるのが、子どもも大人と同じ、対等で平等な一人の人間だという考え方だと思います。
だから、子どもの問題は子どもに解決してもらえるように、
私たちは何がお手伝いできるかな?と考えていくのです。
アドラー心理学の育児では、
子どもが小さいうちは、子どもの問題について一緒に考えて、話し合っていくことがおすすめです。
子どもが10歳を過ぎると、子どもの問題は子どもに完全にお任せして、
何かあったときに相談してもらえるような関係を保っておくことがおすすめです。
(話し合うためには細かい手順や条件もありますので、パセージで段階的に学んでいきます。)


人間観、感情についての考え方、賞罰の弊害など、
初めての方には、新しいことばかりでびっくりだったことと思います。
ですが、「初めて聞いたことばかりだったから、やってみないとわからないと思うので、まずは子どもたちと話し合ってみます!」
と、初めて参加のメンバーさんが力強く言ってくださって、とても嬉しかったです。
これから子どもさんたちがどんな反応をしてくれるのかな、と、私もとても楽しみです。

たくさんの学びをありがとうございました。
今回もKくんはお話し合いの間は静かに過ごしてくれて、
一緒に歌を歌ってくれたり、お母さんの読み合わせを手伝ってくれました。
みなさまご協力ありがとうございました


初めてのことをやってみる、初めての場所に飛び込んでみる、
それはとても勇気のいることだと思います。
特に、世間的によく知られている子育て本の常識とはまったく異なる考え方の、
マイナーなアドラー心理学の世界に足を踏み入れるのは、戸惑いがあって当然と思います。
そういう迷いなどを超えて、私のところへ来てくださるみなさまがいらっしゃること、
ほんとうにありがたく思っております。
私自身まだまだ未熟なのですが、縁あってアドラーを通じて出会えたみなさまと、
ご一緒に学び、みなさまがみなさまのご家族とよりよい関係を作っていけるように努めます。


【松村美穂(鳥取) 2018年12月】

タスクと成長の関係


担うタスク(とか責任)と、成長の関係って、
「今の自分には、ちょっと重い」
くらいの負荷が、
一番大きく人を成長させるように感じています。
 
なにひとつタスク(とか責任)を負わないでいると
楽だけど、
10年でも20年でも、人間として成長しません。
(これはこれで怖い)
 
かと言って、「重すぎるタスク」は、人を潰してしまいます。
 
前の自助のとき、地方会タスクが降ってきたとき、
急に参加メンバーがグループに来なくなっちゃって、
りっちゃんと私だけになっちゃって、
結果、自助グループが潰れてしまったの、
あの時の私達には、地方会のタスクが重すぎたからなんだろうなぁ。
 
タスクの重さで人(とかグループ)が潰れてしまうのを
一回経験しているので、(胸が痛かった)
 
地方会のタスクを、事務局さん達に割り振るときも、
重すぎないかな?大丈夫かな?
というところは、かなり慎重に考えました。
どんな時でも、事務局の誰かがひとりぼっちになってしまわないように、とも。
 
結果的に、事務局さん達皆とても協力的にタスクを担って下さり、
おひとりおひとり存分に能力を発揮して下さいましたので、
私の心配は、過保護な杞憂に終わりましたが。
 
 
第1回地方会が終わったら、
「次」の事務局をどのような体制にするかを含めて、
事務局みんなで色々話し合いますが、
 
事務局さんのお仕事、なんか楽しそうだな、
人間として成長できるの、素敵だな、
仲間ができるの、いいなぁ、
PTAや、町内会の、「あの感じ」とは違う責任の担い方の世界を、
ちょっと見てみたいかも、
という方、

ここは、
重すぎるタスクを急に背負わされて、潰されたり、
「あなたの仕事でしょ」って、誰も助けてくれなかったり、
無理な仕事押しつけられて、それをできないことを責められたり、
という、世間によくある感じの仕事の振り方や、やり方はしませんので、
興味があったら、ちょこっと勇気を出して、扉をあけてみて下さいね。
 
 
「無責任でいるラクさ」
よりも楽しい世界があることを、
私はアドレリアン共同体ではじめて学ぶことができました。
 
間違いなく成長しますし、
能力も伸びます。
仲間も増えますし。
(保証付き)
  
誰かが無理をしたり、
犠牲になったり、
我慢したり、
しなくても地方会が開催できるシステムを、
つくっていきたいな、と思っています。
 


【北村江奈(秋田) 2018年11月】

「最後まで見届ける」


野田俊作先生の講演禄「アドラー心理学と子育て」(野田俊作著)(2018)(アドラー心理学研究会エンカレッジ金沢編)(あうん堂本舗)を読んでいます。
その中で、子どもに「言ったままで後を見届けない親が増えているみたい」(P30)とありました。

わたしは「最後まで見届けている?」のかな。
意識して言葉ではっきりお願いしたことをやってくれたらお礼は伝えている。
だけど、意識していないところでは、まったくのスルーのような気がする。
特に「そんなの常識でしょ!」と思うようなことはスルーです。

ちょうど今日みんなでお昼を食べていると、
子どもが机をガタガタさせ始めました。
机の脚が悪いみたいです。

「○○くん、静かに。
 机をガタガタさせないでね。」

「だって、この机ガタガタするんだもん」

「ああ、そっか。
 机がガタガタするから気になるんだね」

(ガタガタしないで食べてくれる)

(今まではここでOKで終わりなんだけど、
「見届けていない」ってひょっとして、こんな場面かな。
当たり前なことだけどちゃんとお願いしたことをしてくれてるよね)

「○○くん、机がガタガタして気になるのに、
 静かに食べてくれてありがとう」

「うん!」

ということがありました。

今までの対応よりは、

パセージの〈子育ての心理面の目標〉
1)わたしは能力がある。
2)人々はわたしの仲間だ。
パセージ1-L(野田俊作著 日本アドラー心理学会)

の内、1)のわたしは能力がある。と思ってもらえるのではないかと
思いました。

そして、わたしがこの場面で子どもに学んだ欲しかったことは、
「食事中のマナーを守る」だったことにも気づきました。

しばらく「最後まで見届ける」をテーマに子どもたちに向き合おうと思っています。


【小浦博子(岡山) 2018年10月】

なんだ、そんなことか。


昨日の投稿のタイトルに「勇気づけを夫にも。」と書きました。

ですから、私も夫を勇気づけたい!勇気づけよう!と思って暮らしているつもりです。
そうなんです。
そうなんです、が。
実は、ここえん定例会の翌日に夫にイラッとしたできごとがありました。
おほほほほ。

せっかくなので、ご紹介させてください。

洗濯物を干していたときのことです。
夫のグレーの靴下が裏返しになっていました。
それを見た瞬間、
『えええ~っ、また裏返しに脱いだまんまで洗濯物出してるっ!全然直そうとしてないし!』
と考えて、私はイラッとしたのでした。

このとき、夫は別の部屋にいたので、このイライラをすぐにぶつけずに済みました。
そして、アドラー心理学やパセージを学んでいるおかげで、すぐに自分の感情(イラッ)に気づくことができました。
そこで、私はこの自分の「イラッ」について、少し考えてみることにしました。

夫が衣類を脱ぎっぱなしの形のままで洗濯に出すことは、この日だけのことではなく、「よくあること」です。
靴下だけでなく、長袖のYシャツの袖がきれいにまくり上げられたままだったこともありました。
洗濯のしかたは、人それぞれだと思うのですが、
私は、たとえ脱ぐときに靴下が裏返ったとしても(そもそも、そうそう裏返しでは脱がないけど)、表側に直して洗濯機に入れる方が汚れが落ちやすくていいと思っています。
袖まくりをした服があったら、洗濯に出す前に直します。
(これが正しい洗濯のやり方かどうかは少々自信なし。笑)

この衣類裏返し問題は、結婚当初からのことで、私はいつも小さくイラッとしている気がします。
結婚当初は、私は、当たり前のように夫に文句を言っていました。
(あ、まだアドラー心理学に出会う前でしたしね。←言い訳、笑)

でも、何度文句を言っても、夫が衣類を裏返しのまま洗濯に出すのは直りませんでした。
あれだけ私に文句を言われたのですから、衣類を裏返しにしたまま洗濯に出すことを私が好まない(不適切だと思っている)ということを夫が知らないはずはないと思います。
もちろん、裏返しを直すことができないわけでもないと思います。
となると、パセージテキストで言えば、これはたぶん3-L-3なのではないかと思いました。
(え、まさか、4の可能性もっ!?←すいません、パセージを学んでいる方にはわかると思います、笑)

うちの夫は、けっこう「面倒くさがり屋」だと思います(意見です)。
私には大切に思えるようなことでも、彼から見て無駄なことはやりたがりません。
「合理的な人」「能率を重視する人」などとも言えるかもしれません。

何年も前に、靴下が裏返しで干すときに困ることを夫に伝えたら、
「は?じゃあ、裏返しのまま干せばいいべ。乾いて履くときに直すがら別にいい」
と言われました。
(夫の中には、乾いた衣類を取り込んでたたむという発想もあまりないようです。)
私としては、
「だって、それじゃ朝とかの時間のないときにひと手間かかって大変なんじゃないの?」
と思ったし、そう夫に伝えたこともありました。
でも、夫はそういうふうには考えないようでした。
それに、夫は(私と違って)朝には強い人です。

それでも私は、もし夫の靴下が裏返っていたら、直してから干しています。ずーっとずっとそうしています。

そんなあれこれを考えているうちに、私ははたと気づきました。
そうだ。夫の靴下の裏返しを直してから干したいのは私なんだ、と。

夫は裏返しでも別に困らないようだから、裏返しのまま干して、乾いたら裏返しのまま置いておいても、きっと自分で表側に直して履くでしょう。
でも、私は嫌なんです、裏返しのまま靴下を干すのは。
(もちろん、袖をまくったままのYシャツなんて乾きにくくて論外だし)

なんのことはない。
私は、自分がそうしたくて、自分の好みがそうだから、わざわざ夫の靴下の裏返しを直して干していたのでした。
じゃあ、なんでイラッとするんだろうって思ったら、結局自分が干すときに手間がかかって面倒くさいからなんです。
夫のことを「面倒くさがり屋」と言ったけれど、
私も同じくらいか、それ以上の「面倒くさがり屋」なので、
自分が楽をしたくて、そうさせてくれない夫を「イラッ」を使ってどうにか変えようとしていたんだと気づきました。
「なんだ、そんなことか」と思ったら、ふっと力が抜けました。

これからも、私は夫の靴下が裏返って洗濯に出ていたら、黙って直してから干すと思います。
その方が自分が乾いてから楽だし、すっきりするからです。
(それに、なんだかんだで、夫も履くときに裏返しのままじゃない方がきっと助かると思うのです。いつも一生懸命働いてくれている夫に、せめて、そのくらいのお返しはしないとね。)

で、そのとき、今までのように「イラッ」としながら直すこともできるし、にこにこと穏やかな気持ちで直すこともできるわけですが、
これからは穏やかな気持ちで裏返しを直そうと思います。
きっとその方が、夫も私も幸せだろうと思います。
いやぁ、いつでも選択肢があるって、どうするかは自分で決められるって考えられるから、アドラー心理学を学んでてよかった♪♪♪

※ちなみに。もし、これが夫ではなく子ども相手のことだったら、たぶん違う対応を考えると思うのですが、私は夫をしつけるべき人ではないですからね~。

こんな感じで、アドラー心理学は、日常の些細なことにも活かし、学ぶことができます。私も、こうして日々「おけいこ中」です。
夫や子ども・他の家族などへのイライラやモヤモヤがある方、ご一緒に学んでみませんか?
きっと、自分もまわりの人もいっしょに幸せになれる方法を探っていけると思います。
ご興味のある方は、どうぞどなたでも、ぜひ定例会にお越しください。
お待ちしています!

【T.M.(秋田) 2018年8月】

「分かる」けど「言えない」

日本アドラー心理学会の先輩方が、
とても素敵な本を出して下さいました。

『ほめない、しからない、勇気づける
 3歳からのアドラー式子育て術「パセージ」』
 
アドラー心理学にもとづく子育ての学習コースって、
どういうことをどんなふうに学ぶの?
 
ということに興味のある方、ぜひご一読下さい。
 
 
この本の中に、「子どもの発達に応じた勇気づけを」という項があります。
 
二語文が話せるようになる、おおよそ3歳までの育児は、
こんなことを心がけるといいですよ~
と、以下のように説明があります。
 
「この時期の乳幼児は、大人がいろいろ話してあげるとちゃんと分かります。
 とても興味をもって聞いています。
 ただ、言葉に出して言えないだけです。
 そして、長い間覚えておくことができません。
 何度でも忘れます。
 覚えておいてほしいことを忘れても、怒らないで、何回でも教えてあげて下さい。
 たくさん話しかけられて育った子どもは賢くなります。
 スキンシップも心がけて」(p28)
 
本業の旅館に、ちょいちょい外国人のお客様がいらっしゃるのですが、
「相手の言っていることは分かる。でも私は英語で話せない」
という状況にときどき陥ります。
きっと、私の英語能力、現地の子の3歳レベルなんだろうなぁ。
 
「相手の言っていることが分かる」能力と、
「自分の思っていることを話す」能力って、
別物で、
 
「相手の言っていることが分かる」能力の方が先に伸びる。
(「聴く」と「話す」は、脳の中でも処理する場所が違うのだとか)
 
 「この子はなにも話せないから、なにも分かってない」ではなくて、

 「まだお話できないだけで、この子は大人の会話は全部分かっている」
って思えたり、
 
「親が言ったことをすぐ忘れる」ことも、
 「この子は阿呆だからすぐ忘れるんだ」とか
「本当は覚えているくせに、やりたくなかったり、私に反抗しているから忘れたフリをしているんだ」ではなくて、
 
「今は、脳の発達段階的に、まだ長い間覚えていられないだけなんだね」
て思えたりすると、
 
お子さんもだけど、お母さんもラクになるのではないかなぁ、と思いました。
 
 
「知る」だけで子育てがラクになる知識ってある、と思います。
田沢湖で、アドラー心理学の自助グループ立ち上げます。

興味のある方、メール下さい。
ena-san☆nifty.com(☆を@へ)


【北村江奈(秋田) 2018年6月】