子どもに響く質問!!


ある日の保育の先生からのお話です。

2歳児さんが仲よく遊んでいるところに、一時保育で入ったAちゃんがきて

高く作っていた積木を足でこわしました。

先生「(やさしく)お友達にを足で壊したらあかんね。ごめんなさいって言えるかな?」

Aちゃん「(はっきり)いやや!!」

先生がこの言い方は良くないと気付き、前回の楽育の学びをと考えて

先生「この足はどう言いたかったのかな?」

Aちゃん「一緒に遊びたかった」

先生「じゃそう言ってみる?」

一時保育の子どもだし、2歳児さんだし、答えられるかな?と思いながら聞いてみたそうですが

子どもを信頼して聞いてみる事が大切だと分かったとの報告でした。

途中で声掛けの仕方に気が付く先生も、

こうして報告してくれる事もすてきだな~と思いました。


    びわこのいっこさんでした


【山口育子  2019年3月】

シャルマン先生の思い出

シャルマン先生

ここしばらく、シャルマン先生に会えるような気がして、いろいろなことを思い出し、ご一緒したいくつかの場所に行きました。初夏は箱根に行きました。夏は無謀にもシカゴに行こうかと計画しました。訃報を聞く前もやはり会えそうな気がして、昨日11月27日は浅草に行きました。

先生に初めてお会いしたとき、「Nice to meet you.」ではなく、「How do you do.」と、20歳そこそこの私に向かって手を差し出され、私は非常に驚きました。
シャルマン先生、息子のロバートさん、妹と私の4人で一緒にお茶をしていたとき、妹がちゃっかりシャルマン先生に何か相談に乗ってもらっていて、シャルマン先生がとても丁寧に妹の話を聞き、優しく答えていらっしゃったのに驚きを覚えました。

田崎真珠の製作工程の見学では最初に1人に真珠が当たるという抽選券が配られました。シャルマン先生は説明の途中からウトウト居眠りをされていました。説明の方が当選番号を何度も読み上げるのに手を上げる人が誰もおらず、ついにロバートさんが「お父さんの番号は?」と優しくゆり起こすと、シャルマン先生が当選者でした。驚いた様子もなく真珠をもらい、ジャケットのポケットに当たり前みたいに入れている先生の姿が印象的でした。

浅草では、仲見世でとても楽しく過ごしました。刀や扇子をみたり、ご家族へのお土産を買ったりしていました。珍しい星形の煎餠があったので、煎餠屋の前で妹と私が嬉しそうに立ち止まっていると、シャルマン先生が「これが好きなの?」と目をキラキラさせて私たちの顔を見つめました。浅草寺に近づく頃、知らない日本人の男性がいきなりシャルマン先生とロバートさんに話しかけてきました。とても自然に2人とも身体をその男性に向け、温かい目線で、まるで「そのままでいいんだよ」と言っているかのような雰囲気で眞摯に耳を傾けていました。妹と私はシャルマン先生とロバートさんが襲われないかと心配していましたが、その男性はひとしきりしゃべった後、嬉しそうに去って行きました。妹と2人でとても感動したのを今でもはっきりと覚えています。

箱根ではみんなで寄木細工の店に行きました。ロバートさんから2つのボウルを手に「お土産にどっちがいいと思う?」と聞かれたので、「こっちが日本らしくていいと思う。」と答えました。するとロバートさんがシャルマン先生の所に寄っていって「お父さん、こっちが日本らしいみたいだ。」というとシャルマン先生が「もちろん、この店の中すべてのものが日本らしいよ!」と答え、ロバートさんが絶句、妹と2人で忍び笑いをしたのもいい思い出です。

箱根で明るい朝日に照らされた、くっきり見事な富士山を見ていたシャルマン先生、ロバートさん、野田先生、中島さんの後ろ姿は、写真のように今でもはっきり覚えています。

昨日行った浅草の仲見世は、シャルマン先生と一緒に行った時と違い、星形の煎餠屋もなく、ロバートさんが買っていたお土産屋もなく、新しいお店に入れ替わっていました。

シャルマン先生と一緒に楽しく過ごした沢山の場面を思い出すたびに、温かい感覚が身体に戻り、先生のゆっくりとした優しく穏やかな声が聞こえ、身体の動きや優しい笑顔が目に浮かびます。

【大久保睦月 2018年11月】


Dear Dr. Shulman,

Recently I wished I had a chance to meet with you again, reminiscing on old memories. I went back to some of the places we visited together. In early summer I went to Hakone and nearly went to Chicago later in summer. Before I learned the sad news that you passed away, I still felt I might be able to see you again. Yesterday, November 27th, I went to Asakusa in memory of you.

When I first met you in my early twenties, I was surprised because you extended your hand to shake mine, saying "How do you do?" and not the typical "Nice to meet you." When you, your son Robert, my sister, and I were having tea together, my sister was bold enough to ask you for some advice. At that time I was impressed to see you listening to her story carefully and kindly answering her questions. 

When we toured Tasaki Pearl, each of us were given a ticket with a number. We were told that only one person out of around 40 people would get a pearl. You were nodding off during the explanation of how they made their pearl products. In the end, when they called out the lucky number, you were still asleep. As no one raised his/her hand after they called the number many times, finally Robert shook you to wake you up and asked what your number was, and it turns out you were the winner. I still remember that you didn't seem surprised at all, as if you already knew, and you received the pearl and put it in the pocket of your jacket.

In Asakusa, we had a wonderful time at Sensoji temple. You enjoyed looking at swords and fans, getting gifts for your family. At one of the stores were rice crackers in the shape of a star. My sister and I stopped and were excited to see them, with you asking with your eyes shining, "Do you like rice crackers?" When we nearly reached the temple, we were startled when a strange-looking Japanese man came up and talked to you and Robert. You both turned to him and you listened carefully to what he was saying, as if you just accepted the man as he was. Initially, my sister and I were anxious because he made us nervous, but that man happily left after chatting with you for a while. I still remember we were pleasantly surprised with that.

In Hakone, we went to a workshop for intricate mosaic wood crafts. Robert was holding two bowls and asked me "which do you think is a better souvenir?" I said, "I think this one is more Japanese." When Robert went to you and said, "Dad, it seems this one is more Japanese," you said, "Of course, everything is Japanese in this shop!" Robert was at a loss for words and my sister and I laughed secretly, which is also a fond memory I have of you. 

I can still remember clearly as if I were looking at a photo of you, along with the turned backs of Robert, Dr. Noda, and Professor Nakajima, who were looking at Mt. Fuji, clear and beautiful in the bright morning light.

When I went again to Asakusa, the shops at the mall before the temple were totally different from when we went there, the rice cracker shop which sold star-shaped crackers and the gift shop where Robert bought some gifts were gone, replaced by new ones.

Every time I think back to the moments I spent with you, I feel a warmth and can hear your gentle voice, remembering your movements and your gentle smile.

Mutsuki Okubo 

怒りは消える

家の掃除は、夕食後に家族全員で一気にやります。

食器などの片付け
トイレやお風呂のお掃除
雑巾がけと掃除機がけ
などなど・・・

結構いろいろすることがあって、だいたい1時間弱かかります。

紆余曲折あり、アドラー心理学の育児で習った『家族会議』で決めたシステムです。
ペナルティも決めています。

家族全員で後片付けと掃除をしてくれることが、肉体的にも精神的にも、どれ程私を支えてくれているかは筆舌に尽くせません。

でも・・・そんなに恵まれた環境でも、不満が出てくるんですね。

2日前のこと、マイペースに、ほとんど遊びながら、自分の好きな仕事ばかりする長男に我慢できなくなりました。

思わず、声を荒げて、

「それ(針金でハンガーラックにバリケードを張っている)掃除?!遊んでるよね?!」「みんなが一生懸命やってんのに、何で真剣にできないの?!それ以上やったらペナルティにすんで!!」

と怒ってしまいました。

適切な側面は沢山ある
・・・そもそも、掃除をしようとしていること自体とても適切・・・
なのに、どうしてこんなに腹が立つのか・・・

冷静に自分を見つめる・・・

ふと、
あぁ、私はいつもこんな風に『一生懸命がんばって』きたんだ・・・
と、気がついたのです。

能力のない私は、人よりいっつも頑張ってたんだ・・・。

わき目もふらず、一心不乱に、やるべきと思うことをやってきたんだ・・・。

不器用でバカだから、遊びながらとか、他のことをしながらとか、そういうことが出来なかったんだ!

今もそうだ。
アドラーやる!って決めたら、アドラーだけになった。
仕事やる!って決めたら、仕事だけになった。
いつだって、一つのことしか出来やしない・・・!!
ハッキリ言ってしまうと、能力が低いのだ!!!
それに比べて、おそらく長男は私よりも賢くて、人生もうまくやっていけるんだろう・・・

そんな風に考え付いて、ふと怒りの感情が消えている自分に気がつきました。

不器用な私、お疲れさま!!
もういいよ。
もう怒らなくても大丈夫。
そんなに頑張らなくても、皆と楽しく掃除しよう。
独りぼっちじゃないだけ、どんなに幸せか思い出そう。
遊びながら出来るのは素敵なことだ。
逆に、不器用で一つのことを一生懸命やりぬくのも素敵なことだ。
個性の違う人間同士が、こうやって協力して生きているんだ。

そんな風に思えるようになった今日この頃。

一つ一つの出来事を、冷静に見つめることができるようになって、人生が変わりはじめました。

それは、紛れもなく、アドラー心理学の力だし、チベット仏教の瞑想の力も大きいと思います。

そして、不器用でひたむきな、自分自身の努力の賜物でもあると思いました。

昔は、謙遜がいいことだと思って、
「私なんて・・・」って思って生きていたけれど、
最近、ようやく、
「みんな誰でも、その人にとってベストと思われることをやっているんだよね」
と思えるようになりました。

私自身も一生懸命生きてきたし、きっと他の人たちも、みんな一生懸命生きているんだよね・・・と。

その方法は全く違うし、もちろん考え方もみんな違う。

でも、人はみんな、懸命に生きている。


そう思うと不思議と泣けてくるような気持ちになりました。


【おしるこ 2018年9月】
 

目標の一致の効果

先日の話。4歳の長女と2歳の次女と 自分の3人で、東山動物園へ 行こうと思いました。( 奥さんは風邪でダウン)

ただ、この3人で一日楽しく過ごすには工夫が必要だろうなと思いました。(色々大変なことは起こりそうです 笑)そこで長女と目標の一致を取りました。

自分「長女ちゃん、今日動物園行きたい?」
長女「うん!(キラキラ)」
自分「そっか!今日楽しく動物園に行くために協力してほしいことがあるんだけどお話ししてもいいかな?」
長女「うん!」
自分「もし二人とも抱っこってなったときは次女ちゃんに抱っこをゆずって長女ちゃんは ベビーカーにしてくれるかな?」
長女「いいよー!!(ゴキゲンに)」
自分「ありがとう!!」

というように 「動物園に行くこと」と 「協力してほしいこと」 について 目標の一致を取って動物園に行きました。

それから動物園に向かう時の家から駅までや電車の中、そして動物園にいる間など二人とも 仲良くぐずることも問題なく楽しく過ごせました。その間、長女は疲れたときはベビーカーに乗り、ちゃんと抱っこは次女にゆずってくれました!!

そして、帰り。電車の中から家の下(うちは2階でエレベーターなしなので階段でのぼる必要がある)に着くまで長女は寝ていました。

家の下に着いた時、長女を起こしました 。(次女は 自分が抱っこ紐で抱っこしている状態)

自分「長女ちゃん 家に着いたよ」
長女「抱っこして...」
自分「次女ちゃん、歩いてくれるかな(次女に確認してみる)」
次女「抱っこー!!」
自分「長女ちゃん お話した通り 次女ちゃんに譲って歩いてくれる?お家着いたら抱っこできるよっ」
長女「(無言でうなづく)」(ベビーカーから降りて歩き出す)
そして家まで次女は抱っこのまま、長女とは手を繋いで階段を登りました。

階段を登りながら
「長女ちゃん、抱っこを次女ちゃんに譲ってほしいのは次女ちゃんがまだ小さいからだからね。長女ちゃんも次女ちゃんも同じだけ大切なんだよ」
と誤解ないように言っておきました。

家に着いたら 長女が「抱っこー」 と言ってきたので抱っこしました。

目標の一致を していったおかげで 楽しく充実した一日になりました。
アドラー万歳!!パセージ万歳!!

しかし、肉体的疲労は避けられず、帰ったら自分はすぐに寝ました...
子供達は帰った瞬間に「公園行こう」と言っていました。
子供の体力はすごい...

【伊藤太一 2018年9月】

失敗ゆるすまじのココロ

娘が最近メガネを作ったんですが、たまにしか掛けないことであちこちに置くんです。
それであちこちに置くと、なくしたり踏んだりしちゃうんじゃないかなぁと話し、
娘にいつもかけてるようにしたら?と提案などしていました。

そんな矢先、つい先日のこと、娘がメガネを学校に忘れたと言うのです。

娘『メガネがない。学校に忘れちゃったみたい・・・』
私『え』

時間は夜8時半。
もう学校に取りに行くのは無理ですね。

私『いつ気が付いたの?』
娘『え、さっきランドセル開けて明日の準備したとき・・・』
私『・・・もうちょっと早くわかったら取りに行けたのに、・・・どうするの・・・』

陰性感情は-3くらいでしょうか。
怒りです。
娘は自分の持ち物を大切にしていない!
もし学校に行ってなかったり壊れてるようなことがあったらどうするの!
だから普段から言ってるのに!
取り返しがつかないことになったら責任取れないでしょ!
そんなことを超高速でメラメラと考えていました。

そうして次に何を言えばいいのか、私は何から手を付けたらいいのか、
まず止まらねば。と考えていると、

娘が、

『うん。失敗しちゃったの。』

と言いました。

はっ・・・

そうそう、これは失敗。
忘れることは誰だってある。
言い方を変えるといついかなる時も絶対に忘れものをしない人、なんている?

このへんなんだよなぁ。。と胸に手を当てて考えてみると、

はい。
私は失敗を許せない母でした。
娘が小さい頃は今よりもっともっと、小さい娘の失敗に対してムカムカイライラ、時にはドカーンとしていました。
そうして怒ってしまう自分が情けなくて悲しくて、パセージにしがみついてきたんです。
失敗って、誰だってしたくてするわけじゃないし、そりゃしないで済めば一番いいですよね。

しかしアドラー心理学を学び続けていてわかったことなんですが、
私にとっての『失敗』には、いつも非現実的な冠ワードが乗っかっていたのです。

『いつも』失敗してはならない

『どんなときも』失敗してはならない

『何においても』失敗してはならない

そんな無茶な~と思うような、非現実的な目標があったみたいで・・・・・

親がわたしの失敗をゆるさない対応をしていたかどうかはわかりません。
でもどうも私は、絶対に失敗しないでいよう、そうしないと所属できない。
と信じることを選んだらしいんですね。
(あくまでアドラー心理学の基本前提に則ってお話してます)

ともあれ、そんな私は『私(や娘や誰か)が失敗した!』と思うと、
 
『たいへんだ!なんとかせねば!(させねば!)』と感情が動きます。

この辺の自己理解に至る前は、
失敗を許せない自分のことを、
心が狭い鬼のような母親だ、、と責めていたこともありますが、責めたところで変わりませんね。
(もしくは変わらないために責めていたという説も・・・汗)

でも自分が非現実的な世界の住人だったんだと知って、

ようやくそこは現実的なラインまでゆるめていいいんだ。。
ゆるめた方が、自分もみんなもシアワセなんだ。。
そんな現実的な世界に住みたい。

と思うようになりました。

そうして、だんだんに、

失敗することもあるよね~(絶対してはならないと思っていたけど)
失敗から学ぶんだよね~(失敗は絶望だと思っていたけど)
二度同じ失敗することだって、あるよ~(まさか、そんな発想はなかった)
どうしても苦手で失敗続きになっちゃうことだって、あるよ~(・・・そんな言い訳思いつきもしなかった!)

と思えるようになってきました。

そのうえで、

失敗したとき、どうやってリカバリしようかね?
どうしたら次は失敗しないようにできるかな?
どんな工夫や努力が必要かな?

と、

失敗して、たくさんいろんな体験をして、いろんなことを覚えていくし、自分の特性もわかっていったりするんだな。

と、失敗をポジティブにとらえることができるようにもなってきました。

アドラーを学んでいなかったら、いまだにひたすら失敗根絶のために自分も相手もギリギリに裁き続けて暮らしていたことでしょう。
(怖いなぁ)

つくづく、学んでホントウによかった・・・と思います。

さてさて娘との会話はどうなったかというと。

まず-3の陰性感情は娘のセリフでヒューンと消え失せました・・・。

わたしは娘に、
『そうだね。失敗だ。。うん!じゃあ、どうしようか?娘はこのことから何を学んだか、聴かせてもらってもいい?』
と聴くことができました♪

娘が言うのには、この日は午後にドッチボールをやったときに外したそうで、そのときケースごと机の中にしまったそう。
だからこれからは外したらケースに入れて、机の中ではなくランドセルの中に入れて、またつかうときはランドセルから出すようにする。
と娘は学んだこととこれからの対策を話してくれました。

私はなにも娘に教えることがなかったので、
『娘が学んだこととこれからどうしたらいいか考えたことを教えてくれてありがとう』
と伝えました。

このとき私は娘の一言のおかげで、
非現実的な世界への入り口から現実的な世界に戻ってこられました。

娘が自分の失敗を、とっても現実的に受け止めることができていることを嬉しく思った出来事でもありました。

これから夏休み♪
娘と協力的な暮らしをするぞと思っていても、きっといろんなことがあるでしょう。
子どもも親も、失敗しながら少しずつ成長していけたらいいな~と楽しみな気持ちです。

【久郷 緑 2018年7月】

早速読みました!!

3歳からのアドラー式子育て術「パセージ」: ほめない、しからない、勇気づける (実用単行本)


学びの足りない新参者の私があれこれ語るのは気が引けますが、それでも書きます。

パセージを学び、日々修行している私には本当にありがたい本です。指針となるこの本ができたことに、心から感謝します。

バセージを学んで3年半。まだまだこの本の境地にはとてもとても辿り着けません。遠いみちのりに感じます。でも未熟な我が家なりに、家族がどんどん仲良くなっていき、助け合える場面も増えてきました。

パセージは、向き合えば向き合うほど幸せとなってかえって返ってきます。それはまるで山登りのようです。登っている時は大変なのですが、登った先で見る景色はとても清々しいのです。

以前からブログを読んで下さっている方はご存じかもしれませんが、私は長男のと関係にずっと悩んでいました。長男が小学校の時にはすでに関係がこじれ、コミュニケーションもとりにくい状況が続いていました。パセージを学んだ時、長男は高校3年生。そして大学進学と同時に県外に住むことになりました。なかなか会えない中、それでも少しずつ少しずつ、折り合えるようになっていきました。今では前より関係は良くなってきています。

次男に対しても、次男の考えを裁きまくっていた私ですが、次男の話を聴いていくうちに、どんどん仲良くなっていきました。私が感情をぶつけていたから、次男も感情をぶつけ返していただけ。否定せずに穏やかに話し合えば、次男だって穏やかに話してくれるのです。そんなこともパセージを学ばなければわからなかった。

三男は、学校でもめ事を起こしたり、学校を休むことも多かったのですが、気づくともめ事もなくなり、休むこともめっきり減りました。これは三男の心の成長が大きいとは思いますが、それでもパセージを学んだおかげで、三男を否定するような勇気くじきはしませんでした。さらに、三男はさりげなく家族に貢献してくれるようになりました。


この本の帯の後ろにこうあります。

子どもを支配する親ではなく
子どもにへつらう親でもない
子どもを対等の仲間として親としての関わり方を学ぶのです


私は時に子どもを支配しようとし、時にはへつらい、感情が乱れる親でした。
でも、今では感情を使うことは減ってきました。でもまだまだ。ほんと、未熟者です。

本当にバセージに会えて、アドラー心理学に会えて良かった。今では、この教えなしでは暮らせません。


この本をきっかけに、学びの仲間が増えると嬉しいです。

【えっこ 2018年6月】

今日から学校の給食が終わって春休みに向けてカウントダウンを感じる日々が始まりました。
子どもたちもあと数日で進級するんだ、ということを考えるとその成長に胸が熱くなります。

そんなことを思いつつも、うっかりお昼ご飯準備してなかった!

と朝に気づいた私は、子どもたちにお昼はやきそばでいいかな~と共同の課題をお願いしてOKをもらえたので
登校後、最寄りのSCのスーパーに買い物に出かけました。

運悪く火曜市とかぶってしまい、店内がいつも以上に混んでいたため、
いろいろが一つ一つ時間がかかってしまいました。

そこでぐずぐずしだしたのが我が家の末っ子くん。
レジでお会計をするときに少し喚きだしました。

ずっとカートに乗っていて飽きるよね~
そろそろ眠いころかな~
抱っこしてほしいかもな~

なんてことを考えながら、ふと。

買い物に来ることについて末っ子くんと共同の課題にして目標の一致をはかるのを忘れてた!

という大事なことを思い出しました。

末っ子くんにしてみれば知らないうちに車に乗せられ?
知らないうちにお店に来て、
知らないうちにカートに乗せられて待たされている...という気持ち、
かもしれません。

これは、家族みんなのためのご飯の材料を買いに来ているんだから
つまらなくなって飽きだしちゃって仕方がないことなんだよね
連れまわされるのが末っ子の悲しい運命
いちいち一つ一つ確認なんかめんどくさいわ

という考えもよぎりましたが、

でもでもやっぱり私もアドレリアンのはしくれ。

我が子には、パセージ子育てが目指す「自立」した「社会と調和して暮らせる」子どもになってほしいと願っています。

そのためには子どもに、「私は能力がある」の中の二つの能力-自己管理の能力・貢献する能力も感じてほしいんです。


ぐずぐずしながらも買い物に付き合ってくれているので、
「買い物をする」という大まかなお互いの目標は一致できているようです。

でも、家族の買い物はこの時の我が家にとって必要なもので、それに付き合うことはつまらないということは学んでほしくありません。

やっぱり、人々や社会に貢献する喜びを教えていきたいと考えています。

じゃあ、「お互いに楽しく買い物をする時間を過ごす」という目標を掲げたとして
それを達成するための、この時の他の道筋は・・・?

長いレジでのお会計までの時間を、お互いに楽しくする工夫によって、
 ボクは家族の買い物のために待つチカラがある
 お役にたてるチカラがある
 カゾクはみんな仲間だ
と感じてほしい。

そのために「私には何ができるのかな?」と自分に問うてみました。


あ、こんな時のわらべ歌!
今末っ子くんが好きな指遊びの歌をやってみよう。

「いっちくたっちくたえもんさん」
  いっちくたっちくたえもんさん
  たえもはいくらでごーわんす
  いっせんごりんでごーわんす
  もーちっと
  もーちっと
  すっからっかまっからっかすってんとん

やりだした途端にぐずぐずはとまってこちらに興味を向けだしました。
そして自分も手を前に出して人差し指でトントントンと。これにはびっくり。

レジでお会計が終わるまでにそこからはニコニで待つことができました。

「一緒にお買いものして協力してくれてありがとう^^」


どんな時も、
自分だけじゃなくて他の人にも利益があるものはないかな?と考え、
友だちや社会に対して
「あなたには何ができるのかな?」と
機会あるごとに子どもに問いかけながら、
人々や社会に貢献する喜びを教えていきたいと私は思っています。

そういう道筋を見つけて真の貢献的な生き方である「共存共栄」を目指したいし、
そういうことを子どもに教えていきたいと日々考えています。

いつもいつも協力してくれる末っ子くん。

今日も一日お世話になりました。明日もよろしくお願いします^^

【池野麻矢 2018年3月】

ごめんなさいは必要か

 先日おいっこコマメが自分がつかった食器をシンクに持っていく途中で、コップの中にわずかに入っていた牛乳を床にこぼした。食器洗いをしていたわたしの背中ごしで起きた出来事だった。わたしが「なにを学んだか聞こう」と思うよりも早く、ママとババが立て続けに「あらー、どういうことかなそれは」「コマメ、ごめんなさいって言いなさい」と何度も告げた。うーん、ときすでに遅し。

 コマメは自分がつかった食器を片づけようとした良い側面があり、今回のはただの失敗なのだけれど、叔母であるわたしがしゃしゃり出るのも違うかと思い、食器洗いを続けた。コマメはなかなか「ごめんなさい」と口にすることができない。「ぼくのせいじゃない」と訴えていて、ママが「失敗してもごめんなさいって言わなきゃダメでしょう」と訴える。

 ババは「ごめんなさいが言えないんだねえ」と言いながら、小声で「どうでもごめんなさいを言わんヤツがうちにもおった」と苦笑。もちろんわたしのことだ。子どもの頃のわたしは、「ごめんなさい」をどんなにしばかれても、頑なに言わなかった。思い返してみると、「謝罪をすることじゃない」と最初は思っていたのだと思う。そのうち、謝罪をすべきことであっても「ごめんなさい」を強要されることが競合的に感じて、「ごめんなさい」を言えば負け、「ごめんなさい」と言わなければ勝ちだと学習してしまったのだ。ええ、非常に良くないことを学びましたね。

 それはそれとして、そのときはなんとかグズグズと「ごめんなさい」を言ったコマメ。そして今日、彼はスマホを見ながら柿の種(ジップロックつき)を移動させようとして、さらさら~っと袋の中の柿の種を全部じゅうたんにこぼしてしまった。わたしが「コマメ、それあやちゃんにもちょうだい」と言ったから、渡そうとしてくれたのだ。とても良い意図の行動の結末だ。そして現場には、わたしとコマメだけ。

 コマメ「あ」
 わたし「あらららら、こぼれちゃったね。どうしてこぼれちゃったと思う?」
 (コマメ、スマホから顔をあげて姿勢を正すように)
 コマメ「ごめんなさい(はっきり)」
 わたし「ううん、あやまらなくていいよ。コマメ、あやちゃんにお菓子くれようとしたんだもんね、ありがとう。それより、どうしてこぼれちゃったと思う?」
 (コマメ、こぼれたときの動作をする/袋を逆さまに持ってうっかりする)
 わたし「うんうん、そうだね。次からどうすればいいと思う?」
 コマメ「うーん(長く考える)」
 わたし「あやちゃんも一緒に考えてみようか? それともコマメだけで考えてみる?」
 コマメ「あやちゃんも一緒に」
 わたし「わかった。あ、思いついたんだけど、言ってもいいかな?」
 コマメ「うん」
 わたし「次からはよそ見せずにあやちゃんに渡してくれたらいいね!」
 コマメ「うんそっか!」
 わたし「うん。いいことを学べたね! じゃあ、一緒に片づけてくれる? こぼれたの、袋に入れちゃおうか」
 コマメ「うん」

 本人の両親からはお片づけが苦手な子だと認識されているコマメだが、ちゃんと最後まで、一緒に片づけてくれた。「一緒に片づけてくれてありがとう」と伝えると、少し満足そう。

 ところで、あんなに「ごめんなさい」が言えない子が、突然シャキッと「ごめんなさい」と言ったことに少し驚いた。言わないと怒られると思ったのかな。コマメは、ママの前だと突然ぐじぐじ言い出す特徴がある。普通にみたら、甘えん坊になるというやつだ。どうしたものかしら、と叔母としては思うのだけれど、よその子のことなのであまり介入しないでおこうと思う。わたしだけでも真心アドラーで接すればいいや。なんて、ちょっと偉そうに思う今日このごろです。

【立石絢佳 2018年2月】

遠く離れても

昨日子育て支援の場にお客様が見えました。

保護者OBで、パセージを受講された後、転勤で遠くへ引っ越して
行かれた方です。養護教諭をなさっていらして「勉強会がある時は
教えてください。」と言われておりましたので、ずっと通信を送り
続けておりました。

1年に一度参加されるかどうかでしたし、通信をお送りしても出欠
のお返事も無いので、そろそろ送るのを辞めようかなと思っていた
矢先の訪問でした。

「いつも通信見ています。なかなか忙しくて出てこれないのですが、
ここでいつも勉強会が開かれていると思うだけで勇気付けられるの
で、これからも是非通信送ってくださいね」と仰って下さいました。

「パセージは今の仕事にも役立っています。
教育相談に立ち会う機会が多いのですが、その時にいつも私はまず
お母さんに仲間と思ってもらえるようにしよう。お母さんが自分は
能力があると思えるようにお話を聞こうと心がけているんです。
勉強会には出れませんが、私にはパセージを実践する場があるのだ
と思うと、これからもがんばろうと思えます」とも。

私は内心恥ずかしくなりました。
もうアドラー心理学は忘れてしまわれたかな?とか
いつまで通信が送られてくるんだろうと嫌がられているのでは?とか
マイナスのことばかり想像していたからです。

保育園でずっとアドラー心理学の活動を継続していることが、それだ
けで遠く離れた方への勇気付けになっていることに気づかされ有り難
く思いました。


【吉田美由紀 2017年12月】

チャンピオン

先生への連絡帳に
モズの宿題などについては、本人が管理したいと言っていますので
見守っていきたいと思っていますと書いたところ、
わかりました、ありがとうございます、
今日はカタカナのワークを持ってくるように伝えていますのでお知りおきください
とお返事をいただきました。

モズに確認しました。
「今日はカタカナのワークを持ってきてくださいねって先生に言われたの?」
「あ、そうそう。忘れちゃってたの。でもぼくね、今日はひとつしか忘れ物しなかったんだ!(^^)」
「へえ...そう、それはよかったね。...ちなみにいつもはいくつぐらい忘れ物するの?」
「え?毎日5こぐらいかな。」
「ひえー?!」
「ぼく忘れ物クラスで一番多いんだ〜(^^)」
「あのー、毎日5こも忘れてて、大丈夫なの?」
「まあ、なんとか。特に困らないよ。紙もらったり、次の日持って行ったり。」
「はあ、たくましいですね...。毎日元気に楽しく行ってるように見えてたから、全然気にしてなかったわ。」
「うん、ぼくは元気だし、毎日楽しいですよ〜♪」
「そう...。それはよかったです。しかしあなたが忘れ物大王だったとは存知ませんでした...。」
「大王じゃないよ、忘れ物チャンピオンだよ(^^)」
「チャンピオンですか...。」
「うん!ぼくはクラスで一番給食食べるの早いしたくさん食べるし、お手伝いするし、力の大会(友だちとの力比べ遊び)でも一番強いし、そして忘れ物でもチャンピオンなんだ(笑)」
「そうなんだ(笑)...で、忘れ物チャンピオンでいたいの?」
「いや、忘れ物はしない方がいいよ。」
「そうだよね。何かお母さんにできることはある?」
「あ、じゃあ時間割のチェックをしてほしい!今日ひとつしか忘れ物しなくて、すっごくすっきりしたから。」
「わかりました。時間割のチェックってどういう風にすればいいの?」
「ぼくが時間割した後で、一緒に見てほしい。」
「わかった。じゃあ、学校の用意は夜ご飯の後にすぐしてくれる?
 朝とかお風呂の後とかはお母さん色々やることがあってゆっくりチェックできないから。」
「わかった!」


学校のことについてあまり口を出してはいませんでしたが、
私は実態の把握ができていなかったなとちょっと反省しました。
毎日5こ忘れるって、なかなかのことです。
お友だちも忘れ物はするそうですが、「みんなは毎日は忘れないし、まあ3こぐらいかな」ということです。
モズは客観的によく実態を把握しています...。
モズは困ってはいないようですが、忘れ物しているとすっきりしないんですね。
そのことを実感して、忘れ物をしないようにしたいと思うようになってくれて、
そして忘れ物をしない工夫を考えられるようになって、
ほんとうによいことを学んでくれたなと思いました。

私にお手伝いを依頼してくれたのも嬉しかったです。
こうしてひとつずつ、分離した課題から共同の課題を作って、試運転して、見直していきたいと思います。
次の日はひとつも忘れ物をしなかったそうで、たいへん喜んでいました。
きっと一週間も一緒に時間割のチェックをすれば、
その後一人で用意をしても、忘れ物がない日の方が普通になるんじゃないかなと思います。
忘れ物しないチャンピオンという無謀な目標は立てませんけれどもね。

【M.M.2017年11月】
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