目標の一致の効果

先日の話。4歳の長女と2歳の次女と 自分の3人で、東山動物園へ 行こうと思いました。( 奥さんは風邪でダウン)

ただ、この3人で一日楽しく過ごすには工夫が必要だろうなと思いました。(色々大変なことは起こりそうです 笑)そこで長女と目標の一致を取りました。

自分「長女ちゃん、今日動物園行きたい?」
長女「うん!(キラキラ)」
自分「そっか!今日楽しく動物園に行くために協力してほしいことがあるんだけどお話ししてもいいかな?」
長女「うん!」
自分「もし二人とも抱っこってなったときは次女ちゃんに抱っこをゆずって長女ちゃんは ベビーカーにしてくれるかな?」
長女「いいよー!!(ゴキゲンに)」
自分「ありがとう!!」

というように 「動物園に行くこと」と 「協力してほしいこと」 について 目標の一致を取って動物園に行きました。

それから動物園に向かう時の家から駅までや電車の中、そして動物園にいる間など二人とも 仲良くぐずることも問題なく楽しく過ごせました。その間、長女は疲れたときはベビーカーに乗り、ちゃんと抱っこは次女にゆずってくれました!!

そして、帰り。電車の中から家の下(うちは2階でエレベーターなしなので階段でのぼる必要がある)に着くまで長女は寝ていました。

家の下に着いた時、長女を起こしました 。(次女は 自分が抱っこ紐で抱っこしている状態)

自分「長女ちゃん 家に着いたよ」
長女「抱っこして...」
自分「次女ちゃん、歩いてくれるかな(次女に確認してみる)」
次女「抱っこー!!」
自分「長女ちゃん お話した通り 次女ちゃんに譲って歩いてくれる?お家着いたら抱っこできるよっ」
長女「(無言でうなづく)」(ベビーカーから降りて歩き出す)
そして家まで次女は抱っこのまま、長女とは手を繋いで階段を登りました。

階段を登りながら
「長女ちゃん、抱っこを次女ちゃんに譲ってほしいのは次女ちゃんがまだ小さいからだからね。長女ちゃんも次女ちゃんも同じだけ大切なんだよ」
と誤解ないように言っておきました。

家に着いたら 長女が「抱っこー」 と言ってきたので抱っこしました。

目標の一致を していったおかげで 楽しく充実した一日になりました。
アドラー万歳!!パセージ万歳!!

しかし、肉体的疲労は避けられず、帰ったら自分はすぐに寝ました...
子供達は帰った瞬間に「公園行こう」と言っていました。
子供の体力はすごい...

【伊藤太一 2018年9月】

失敗ゆるすまじのココロ

娘が最近メガネを作ったんですが、たまにしか掛けないことであちこちに置くんです。
それであちこちに置くと、なくしたり踏んだりしちゃうんじゃないかなぁと話し、
娘にいつもかけてるようにしたら?と提案などしていました。

そんな矢先、つい先日のこと、娘がメガネを学校に忘れたと言うのです。

娘『メガネがない。学校に忘れちゃったみたい・・・』
私『え』

時間は夜8時半。
もう学校に取りに行くのは無理ですね。

私『いつ気が付いたの?』
娘『え、さっきランドセル開けて明日の準備したとき・・・』
私『・・・もうちょっと早くわかったら取りに行けたのに、・・・どうするの・・・』

陰性感情は-3くらいでしょうか。
怒りです。
娘は自分の持ち物を大切にしていない!
もし学校に行ってなかったり壊れてるようなことがあったらどうするの!
だから普段から言ってるのに!
取り返しがつかないことになったら責任取れないでしょ!
そんなことを超高速でメラメラと考えていました。

そうして次に何を言えばいいのか、私は何から手を付けたらいいのか、
まず止まらねば。と考えていると、

娘が、

『うん。失敗しちゃったの。』

と言いました。

はっ・・・

そうそう、これは失敗。
忘れることは誰だってある。
言い方を変えるといついかなる時も絶対に忘れものをしない人、なんている?

このへんなんだよなぁ。。と胸に手を当てて考えてみると、

はい。
私は失敗を許せない母でした。
娘が小さい頃は今よりもっともっと、小さい娘の失敗に対してムカムカイライラ、時にはドカーンとしていました。
そうして怒ってしまう自分が情けなくて悲しくて、パセージにしがみついてきたんです。
失敗って、誰だってしたくてするわけじゃないし、そりゃしないで済めば一番いいですよね。

しかしアドラー心理学を学び続けていてわかったことなんですが、
私にとっての『失敗』には、いつも非現実的な冠ワードが乗っかっていたのです。

『いつも』失敗してはならない

『どんなときも』失敗してはならない

『何においても』失敗してはならない

そんな無茶な~と思うような、非現実的な目標があったみたいで・・・・・

親がわたしの失敗をゆるさない対応をしていたかどうかはわかりません。
でもどうも私は、絶対に失敗しないでいよう、そうしないと所属できない。
と信じることを選んだらしいんですね。
(あくまでアドラー心理学の基本前提に則ってお話してます)

ともあれ、そんな私は『私(や娘や誰か)が失敗した!』と思うと、
 
『たいへんだ!なんとかせねば!(させねば!)』と感情が動きます。

この辺の自己理解に至る前は、
失敗を許せない自分のことを、
心が狭い鬼のような母親だ、、と責めていたこともありますが、責めたところで変わりませんね。
(もしくは変わらないために責めていたという説も・・・汗)

でも自分が非現実的な世界の住人だったんだと知って、

ようやくそこは現実的なラインまでゆるめていいいんだ。。
ゆるめた方が、自分もみんなもシアワセなんだ。。
そんな現実的な世界に住みたい。

と思うようになりました。

そうして、だんだんに、

失敗することもあるよね~(絶対してはならないと思っていたけど)
失敗から学ぶんだよね~(失敗は絶望だと思っていたけど)
二度同じ失敗することだって、あるよ~(まさか、そんな発想はなかった)
どうしても苦手で失敗続きになっちゃうことだって、あるよ~(・・・そんな言い訳思いつきもしなかった!)

と思えるようになってきました。

そのうえで、

失敗したとき、どうやってリカバリしようかね?
どうしたら次は失敗しないようにできるかな?
どんな工夫や努力が必要かな?

と、

失敗して、たくさんいろんな体験をして、いろんなことを覚えていくし、自分の特性もわかっていったりするんだな。

と、失敗をポジティブにとらえることができるようにもなってきました。

アドラーを学んでいなかったら、いまだにひたすら失敗根絶のために自分も相手もギリギリに裁き続けて暮らしていたことでしょう。
(怖いなぁ)

つくづく、学んでホントウによかった・・・と思います。

さてさて娘との会話はどうなったかというと。

まず-3の陰性感情は娘のセリフでヒューンと消え失せました・・・。

わたしは娘に、
『そうだね。失敗だ。。うん!じゃあ、どうしようか?娘はこのことから何を学んだか、聴かせてもらってもいい?』
と聴くことができました♪

娘が言うのには、この日は午後にドッチボールをやったときに外したそうで、そのときケースごと机の中にしまったそう。
だからこれからは外したらケースに入れて、机の中ではなくランドセルの中に入れて、またつかうときはランドセルから出すようにする。
と娘は学んだこととこれからの対策を話してくれました。

私はなにも娘に教えることがなかったので、
『娘が学んだこととこれからどうしたらいいか考えたことを教えてくれてありがとう』
と伝えました。

このとき私は娘の一言のおかげで、
非現実的な世界への入り口から現実的な世界に戻ってこられました。

娘が自分の失敗を、とっても現実的に受け止めることができていることを嬉しく思った出来事でもありました。

これから夏休み♪
娘と協力的な暮らしをするぞと思っていても、きっといろんなことがあるでしょう。
子どもも親も、失敗しながら少しずつ成長していけたらいいな~と楽しみな気持ちです。

【久郷 緑 2018年7月】

早速読みました!!

3歳からのアドラー式子育て術「パセージ」: ほめない、しからない、勇気づける (実用単行本)


学びの足りない新参者の私があれこれ語るのは気が引けますが、それでも書きます。

パセージを学び、日々修行している私には本当にありがたい本です。指針となるこの本ができたことに、心から感謝します。

バセージを学んで3年半。まだまだこの本の境地にはとてもとても辿り着けません。遠いみちのりに感じます。でも未熟な我が家なりに、家族がどんどん仲良くなっていき、助け合える場面も増えてきました。

パセージは、向き合えば向き合うほど幸せとなってかえって返ってきます。それはまるで山登りのようです。登っている時は大変なのですが、登った先で見る景色はとても清々しいのです。

以前からブログを読んで下さっている方はご存じかもしれませんが、私は長男のと関係にずっと悩んでいました。長男が小学校の時にはすでに関係がこじれ、コミュニケーションもとりにくい状況が続いていました。パセージを学んだ時、長男は高校3年生。そして大学進学と同時に県外に住むことになりました。なかなか会えない中、それでも少しずつ少しずつ、折り合えるようになっていきました。今では前より関係は良くなってきています。

次男に対しても、次男の考えを裁きまくっていた私ですが、次男の話を聴いていくうちに、どんどん仲良くなっていきました。私が感情をぶつけていたから、次男も感情をぶつけ返していただけ。否定せずに穏やかに話し合えば、次男だって穏やかに話してくれるのです。そんなこともパセージを学ばなければわからなかった。

三男は、学校でもめ事を起こしたり、学校を休むことも多かったのですが、気づくともめ事もなくなり、休むこともめっきり減りました。これは三男の心の成長が大きいとは思いますが、それでもパセージを学んだおかげで、三男を否定するような勇気くじきはしませんでした。さらに、三男はさりげなく家族に貢献してくれるようになりました。


この本の帯の後ろにこうあります。

子どもを支配する親ではなく
子どもにへつらう親でもない
子どもを対等の仲間として親としての関わり方を学ぶのです


私は時に子どもを支配しようとし、時にはへつらい、感情が乱れる親でした。
でも、今では感情を使うことは減ってきました。でもまだまだ。ほんと、未熟者です。

本当にバセージに会えて、アドラー心理学に会えて良かった。今では、この教えなしでは暮らせません。


この本をきっかけに、学びの仲間が増えると嬉しいです。

【えっこ 2018年6月】

今日から学校の給食が終わって春休みに向けてカウントダウンを感じる日々が始まりました。
子どもたちもあと数日で進級するんだ、ということを考えるとその成長に胸が熱くなります。

そんなことを思いつつも、うっかりお昼ご飯準備してなかった!

と朝に気づいた私は、子どもたちにお昼はやきそばでいいかな~と共同の課題をお願いしてOKをもらえたので
登校後、最寄りのSCのスーパーに買い物に出かけました。

運悪く火曜市とかぶってしまい、店内がいつも以上に混んでいたため、
いろいろが一つ一つ時間がかかってしまいました。

そこでぐずぐずしだしたのが我が家の末っ子くん。
レジでお会計をするときに少し喚きだしました。

ずっとカートに乗っていて飽きるよね~
そろそろ眠いころかな~
抱っこしてほしいかもな~

なんてことを考えながら、ふと。

買い物に来ることについて末っ子くんと共同の課題にして目標の一致をはかるのを忘れてた!

という大事なことを思い出しました。

末っ子くんにしてみれば知らないうちに車に乗せられ?
知らないうちにお店に来て、
知らないうちにカートに乗せられて待たされている...という気持ち、
かもしれません。

これは、家族みんなのためのご飯の材料を買いに来ているんだから
つまらなくなって飽きだしちゃって仕方がないことなんだよね
連れまわされるのが末っ子の悲しい運命
いちいち一つ一つ確認なんかめんどくさいわ

という考えもよぎりましたが、

でもでもやっぱり私もアドレリアンのはしくれ。

我が子には、パセージ子育てが目指す「自立」した「社会と調和して暮らせる」子どもになってほしいと願っています。

そのためには子どもに、「私は能力がある」の中の二つの能力-自己管理の能力・貢献する能力も感じてほしいんです。


ぐずぐずしながらも買い物に付き合ってくれているので、
「買い物をする」という大まかなお互いの目標は一致できているようです。

でも、家族の買い物はこの時の我が家にとって必要なもので、それに付き合うことはつまらないということは学んでほしくありません。

やっぱり、人々や社会に貢献する喜びを教えていきたいと考えています。

じゃあ、「お互いに楽しく買い物をする時間を過ごす」という目標を掲げたとして
それを達成するための、この時の他の道筋は・・・?

長いレジでのお会計までの時間を、お互いに楽しくする工夫によって、
 ボクは家族の買い物のために待つチカラがある
 お役にたてるチカラがある
 カゾクはみんな仲間だ
と感じてほしい。

そのために「私には何ができるのかな?」と自分に問うてみました。


あ、こんな時のわらべ歌!
今末っ子くんが好きな指遊びの歌をやってみよう。

「いっちくたっちくたえもんさん」
  いっちくたっちくたえもんさん
  たえもはいくらでごーわんす
  いっせんごりんでごーわんす
  もーちっと
  もーちっと
  すっからっかまっからっかすってんとん

やりだした途端にぐずぐずはとまってこちらに興味を向けだしました。
そして自分も手を前に出して人差し指でトントントンと。これにはびっくり。

レジでお会計が終わるまでにそこからはニコニで待つことができました。

「一緒にお買いものして協力してくれてありがとう^^」


どんな時も、
自分だけじゃなくて他の人にも利益があるものはないかな?と考え、
友だちや社会に対して
「あなたには何ができるのかな?」と
機会あるごとに子どもに問いかけながら、
人々や社会に貢献する喜びを教えていきたいと私は思っています。

そういう道筋を見つけて真の貢献的な生き方である「共存共栄」を目指したいし、
そういうことを子どもに教えていきたいと日々考えています。

いつもいつも協力してくれる末っ子くん。

今日も一日お世話になりました。明日もよろしくお願いします^^

【池野麻矢 2018年3月】

ごめんなさいは必要か

 先日おいっこコマメが自分がつかった食器をシンクに持っていく途中で、コップの中にわずかに入っていた牛乳を床にこぼした。食器洗いをしていたわたしの背中ごしで起きた出来事だった。わたしが「なにを学んだか聞こう」と思うよりも早く、ママとババが立て続けに「あらー、どういうことかなそれは」「コマメ、ごめんなさいって言いなさい」と何度も告げた。うーん、ときすでに遅し。

 コマメは自分がつかった食器を片づけようとした良い側面があり、今回のはただの失敗なのだけれど、叔母であるわたしがしゃしゃり出るのも違うかと思い、食器洗いを続けた。コマメはなかなか「ごめんなさい」と口にすることができない。「ぼくのせいじゃない」と訴えていて、ママが「失敗してもごめんなさいって言わなきゃダメでしょう」と訴える。

 ババは「ごめんなさいが言えないんだねえ」と言いながら、小声で「どうでもごめんなさいを言わんヤツがうちにもおった」と苦笑。もちろんわたしのことだ。子どもの頃のわたしは、「ごめんなさい」をどんなにしばかれても、頑なに言わなかった。思い返してみると、「謝罪をすることじゃない」と最初は思っていたのだと思う。そのうち、謝罪をすべきことであっても「ごめんなさい」を強要されることが競合的に感じて、「ごめんなさい」を言えば負け、「ごめんなさい」と言わなければ勝ちだと学習してしまったのだ。ええ、非常に良くないことを学びましたね。

 それはそれとして、そのときはなんとかグズグズと「ごめんなさい」を言ったコマメ。そして今日、彼はスマホを見ながら柿の種(ジップロックつき)を移動させようとして、さらさら~っと袋の中の柿の種を全部じゅうたんにこぼしてしまった。わたしが「コマメ、それあやちゃんにもちょうだい」と言ったから、渡そうとしてくれたのだ。とても良い意図の行動の結末だ。そして現場には、わたしとコマメだけ。

 コマメ「あ」
 わたし「あらららら、こぼれちゃったね。どうしてこぼれちゃったと思う?」
 (コマメ、スマホから顔をあげて姿勢を正すように)
 コマメ「ごめんなさい(はっきり)」
 わたし「ううん、あやまらなくていいよ。コマメ、あやちゃんにお菓子くれようとしたんだもんね、ありがとう。それより、どうしてこぼれちゃったと思う?」
 (コマメ、こぼれたときの動作をする/袋を逆さまに持ってうっかりする)
 わたし「うんうん、そうだね。次からどうすればいいと思う?」
 コマメ「うーん(長く考える)」
 わたし「あやちゃんも一緒に考えてみようか? それともコマメだけで考えてみる?」
 コマメ「あやちゃんも一緒に」
 わたし「わかった。あ、思いついたんだけど、言ってもいいかな?」
 コマメ「うん」
 わたし「次からはよそ見せずにあやちゃんに渡してくれたらいいね!」
 コマメ「うんそっか!」
 わたし「うん。いいことを学べたね! じゃあ、一緒に片づけてくれる? こぼれたの、袋に入れちゃおうか」
 コマメ「うん」

 本人の両親からはお片づけが苦手な子だと認識されているコマメだが、ちゃんと最後まで、一緒に片づけてくれた。「一緒に片づけてくれてありがとう」と伝えると、少し満足そう。

 ところで、あんなに「ごめんなさい」が言えない子が、突然シャキッと「ごめんなさい」と言ったことに少し驚いた。言わないと怒られると思ったのかな。コマメは、ママの前だと突然ぐじぐじ言い出す特徴がある。普通にみたら、甘えん坊になるというやつだ。どうしたものかしら、と叔母としては思うのだけれど、よその子のことなのであまり介入しないでおこうと思う。わたしだけでも真心アドラーで接すればいいや。なんて、ちょっと偉そうに思う今日このごろです。

【立石絢佳 2018年2月】

遠く離れても

昨日子育て支援の場にお客様が見えました。

保護者OBで、パセージを受講された後、転勤で遠くへ引っ越して
行かれた方です。養護教諭をなさっていらして「勉強会がある時は
教えてください。」と言われておりましたので、ずっと通信を送り
続けておりました。

1年に一度参加されるかどうかでしたし、通信をお送りしても出欠
のお返事も無いので、そろそろ送るのを辞めようかなと思っていた
矢先の訪問でした。

「いつも通信見ています。なかなか忙しくて出てこれないのですが、
ここでいつも勉強会が開かれていると思うだけで勇気付けられるの
で、これからも是非通信送ってくださいね」と仰って下さいました。

「パセージは今の仕事にも役立っています。
教育相談に立ち会う機会が多いのですが、その時にいつも私はまず
お母さんに仲間と思ってもらえるようにしよう。お母さんが自分は
能力があると思えるようにお話を聞こうと心がけているんです。
勉強会には出れませんが、私にはパセージを実践する場があるのだ
と思うと、これからもがんばろうと思えます」とも。

私は内心恥ずかしくなりました。
もうアドラー心理学は忘れてしまわれたかな?とか
いつまで通信が送られてくるんだろうと嫌がられているのでは?とか
マイナスのことばかり想像していたからです。

保育園でずっとアドラー心理学の活動を継続していることが、それだ
けで遠く離れた方への勇気付けになっていることに気づかされ有り難
く思いました。


【吉田美由紀 2017年12月】

チャンピオン

先生への連絡帳に
モズの宿題などについては、本人が管理したいと言っていますので
見守っていきたいと思っていますと書いたところ、
わかりました、ありがとうございます、
今日はカタカナのワークを持ってくるように伝えていますのでお知りおきください
とお返事をいただきました。

モズに確認しました。
「今日はカタカナのワークを持ってきてくださいねって先生に言われたの?」
「あ、そうそう。忘れちゃってたの。でもぼくね、今日はひとつしか忘れ物しなかったんだ!(^^)」
「へえ...そう、それはよかったね。...ちなみにいつもはいくつぐらい忘れ物するの?」
「え?毎日5こぐらいかな。」
「ひえー?!」
「ぼく忘れ物クラスで一番多いんだ〜(^^)」
「あのー、毎日5こも忘れてて、大丈夫なの?」
「まあ、なんとか。特に困らないよ。紙もらったり、次の日持って行ったり。」
「はあ、たくましいですね...。毎日元気に楽しく行ってるように見えてたから、全然気にしてなかったわ。」
「うん、ぼくは元気だし、毎日楽しいですよ〜♪」
「そう...。それはよかったです。しかしあなたが忘れ物大王だったとは存知ませんでした...。」
「大王じゃないよ、忘れ物チャンピオンだよ(^^)」
「チャンピオンですか...。」
「うん!ぼくはクラスで一番給食食べるの早いしたくさん食べるし、お手伝いするし、力の大会(友だちとの力比べ遊び)でも一番強いし、そして忘れ物でもチャンピオンなんだ(笑)」
「そうなんだ(笑)...で、忘れ物チャンピオンでいたいの?」
「いや、忘れ物はしない方がいいよ。」
「そうだよね。何かお母さんにできることはある?」
「あ、じゃあ時間割のチェックをしてほしい!今日ひとつしか忘れ物しなくて、すっごくすっきりしたから。」
「わかりました。時間割のチェックってどういう風にすればいいの?」
「ぼくが時間割した後で、一緒に見てほしい。」
「わかった。じゃあ、学校の用意は夜ご飯の後にすぐしてくれる?
 朝とかお風呂の後とかはお母さん色々やることがあってゆっくりチェックできないから。」
「わかった!」


学校のことについてあまり口を出してはいませんでしたが、
私は実態の把握ができていなかったなとちょっと反省しました。
毎日5こ忘れるって、なかなかのことです。
お友だちも忘れ物はするそうですが、「みんなは毎日は忘れないし、まあ3こぐらいかな」ということです。
モズは客観的によく実態を把握しています...。
モズは困ってはいないようですが、忘れ物しているとすっきりしないんですね。
そのことを実感して、忘れ物をしないようにしたいと思うようになってくれて、
そして忘れ物をしない工夫を考えられるようになって、
ほんとうによいことを学んでくれたなと思いました。

私にお手伝いを依頼してくれたのも嬉しかったです。
こうしてひとつずつ、分離した課題から共同の課題を作って、試運転して、見直していきたいと思います。
次の日はひとつも忘れ物をしなかったそうで、たいへん喜んでいました。
きっと一週間も一緒に時間割のチェックをすれば、
その後一人で用意をしても、忘れ物がない日の方が普通になるんじゃないかなと思います。
忘れ物しないチャンピオンという無謀な目標は立てませんけれどもね。

【M.M.2017年11月】

課題の分離と勇気づけ

娘はある習い事をしています。
昨日、その習い事に出かける前に、
 
頭が痛いな~だるいな~疲れちゃったな~
 
と言い始めました。
 
匂わすようなことを言って親がいろいろ気をまわしてくれるということを学んでほしくないので、
 
そうなの~♪ と答え続けていると、
 
とうとう『今日、お休みしようかな・・・』
 
と伝えてくれました。
 
習い事に行くか行かないかは娘の課題です。
 
なので課題の分離をして習い事に行くか、行かないかを娘に完全にお任せすることもできます。
 
パセージテキストに
『子どもの課題は、原則的には子どもに自分の力で解決してもらいましょう。自分の課題を自分で解決できることを<自立>というからです。』(パセージテキスト13-L)
とあります。
 
ですからこのとき、
『体調が悪くてお休みするのね。わかったわ。』
と返事をすることもできました。
 
でも、わたしはこの時、
 
(本当に頭が痛いのかしら?
直前までとても元気に見えたけど・・・。
急に体調が悪くなったのかもしれないけど、もしかしたら単に行くのが億劫になったり気分が乗らないとかも、あるかもしれないな。)
 
と思っていました。そして、
 
(わたしも子どもの時習い事に行くのが億劫なときや、気分が乗らないことがあったこと、覚えがあるな。
なので頭が痛いなどと訴えてその場をやり過ごそうとしたい気持ちはよくよくわかるわ~うんうん!
そしてもちろん急な体調の変化ということもあるだろうから、そうだとしたらちゃんとそのことについて話し合おう)
 
と、自分に陰性感情がないことをしっかり確認できたので、
娘にストレートに聴いてみることに。
 
『さっきまでとても元気に見えたけど、、本当に体調が悪くなっちゃったの? それともやる気が出ないとか、気分の問題かな?』
 
すると娘も素直に、
 
『・・・気分、ですわ・・・』
 
と教えてくれました。
 
だとすると、
 
『やる気が出ない・その気分をどうするか』
 
が今回の娘の課題かな。
 
そこで、その娘の課題についてのわたしの課題を考えてみると、
 
『気分に関わらず、すべきことはしてほしい』
 
が今回のわたしの課題・『学んでほしいこと』のようです
 
そこで、
あくまでもこれは私の課題であって、最終的に決めるのは娘だ。。
と自分に言い聞かせ、共同の課題にすることをお願いすることにしました。
 
『もしよかったら、その気分が、元気になる工夫を一緒に考えたいなって思うんだけど、どうかな? 何かわたしに手伝えること、あるかな?』
 
すると娘はハッと顔をあげて、
 
『ありがとう・・・そうだね、一緒に考えて欲しい。』
(目標の一致が取れました)
 
『うん どうかな、お母さんに何ができるかな?』と聞くと、
 
『出るとき、玄関で、ぎゅーしてほしい』
 
・・・
 
『それから、終わってからお疲れさまってあたまなでてほしい』
 
・・・
 
『お願いできる・・?』
 
できますともーーー♪♪♪
(共同の課題になりました)
 
ついでに『お稽古で何か気がかりなことあるの? それとも気分が乗らないのって今日だけなの?』と聴いてみたら、『今日だけだよ』ということなので、習い事を続けるかやめるかということについては共同の課題にする必要がないみたいでした。
 
娘は元気に習い事に行きました。
 
 
 
課題の分離って、分離するだけでは放任育児になってしまう危険性があります。(しなかったら過保護育児になる危険性が)
 
『今日はお休みする。』
 
と言われて、例えばその時は
 
『あ、そう。あなたの課題だからね。わかったわ。』
 
と従ったとしても、
パセージの目標に向かって、その後に親にできることはありそうに思います。
 
なので、安易に課題の分離だけを育児に取り入れることはお勧めできません。
なにしろそれでは勇気づけの育児はできないのです。
 
パセージを学んでいくと、勇気づけの子育ての中においての『課題の分離』の意味合い・位置づけがだんだんにわかってきます。
わたしも日々手探りですが、だんだんに。。
 
ぜひ、一度パセージを受講して、子どもを勇気づけて育てるというのはどういうことなのか、みんなと一緒に学んでみてはいかがでしょうか。
 
 
【久郷 緑 2017年9月】

自己欺瞞に気がつく

8月の川西アドラー勉強会で、私のエピソードを聴いていただきました。
 
今回面白かったのは、みんなで学んでいる最中に、エピソードの相手役の長男D(小3)が時折隣にやってきて、鋭すぎる発言をしては去って行ったことです。
 
例えば、ロールプレイ後、メンバーさんたちと、
「ひょっとして、Dちゃんはママと遊びたかったのかもしれない。」
「構って欲しいとか?」
「なんか可愛いいね~」とのんきに話しているところで、D登場!

メンバーさん「ねぇ、この時どんな気持ちだった?」
D「マイナス1」
遊びたいんじゃなくて、ガッツリ権力争いやんか~!!

私が、
「学んでほしいことは、『周りの人の事を考えて行動して欲しい』かな」と言うと、
D「そんなんママできんの?」
グサッ!!!
鋭すぎるツッコミ!!!

メンバーさん、
「子どもにちゃんと『お母さん大変だからお手伝いしてね』と言い聞かせてあげたらいいと思う」
D「そういうのがイヤ!!」


エピソードを味わう間もなく、本人のツッコミが入るという新鮮な展開!

それでも、みなさんに適切な側面を教えて頂いたり、
心理的迷惑ではないのかと気がついたり、
何より
「陰性感情(怒りなどのマイナスの気持ち)があるときは、共同の課題にできない」
という基本が再確認できて良かったです。

お願い口調でハッキリと頼もうがどうしようが、マイナスの感情は子どもに伝わってしまうので、日々権力争いをしていたんですね。


家に帰ってからテキストを見直して、

14-R 親の課題を子どもに肩代わりさせない

というページを見つけ、
「そうだ!!自己欺瞞だ!!」と気がつきました。

『周りのことを考えて行動できる人になって欲しい』
なんて、うつくしい口実を作っているけど、本当は、

親の課題(家事)を手伝ってよ

って思ってただけなんです。

それなのに、『周りの事を考えて行動する人になって欲しい』という『うつくしい口実』に騙されて変な野望を持ってしまっていたから、無理が出て、気迫がこもって、
「大変だから手伝ってくれませんか?」って言っただけでも、権力争いになっていたんだと気がつきました。

まず、自分で自分の課題を引き受ける覚悟を決めよう。
家事は私の課題だ!

「手伝いたくない」と思わせているのは、今まで私が子どもをいじめてきた関係の悪さ故なのだから仕方ない!!
ドーンと引き受けよう!!
課題は分離するしかない!!
そう腹が据わりました。

それから、
「周りの事を考えて行動する」ってとっても難しい。
子どもに言われた通り、私自身が出来ていないことです。

それぞれが、それぞれの課題を解決するために努力していく中で、自然と、
「お手伝いしましょうか?」と言い合える関係になれたらと思います。

いずれにせよ、家事に関しては、今までお願いし過ぎたので、本気で『課題の分離』をしてみようと思います。
「お願いせずに一人でやるぞ~!!」
そう決意した夜でしたが・・・

H(幼稚園・年長)「ママ~~!!2階で遊んでよ~~!!駅員さんごっこしてよ~~!!!」
私「今、お掃除してるんだけど・・・う~ん、そうだ、後片付けしながら駅員さんごっこしようか?Hちゃん運転士さんで、ママ駅長」
H「いいよ~!!!」
私「運転士さん、車両の清掃お願いします!!(台ふきを渡す)」
D「ちょっと、ボク運転士やらせてよ!!Hは、車掌!!」(台ふきを奪い取って机をふく)
私「じゃあ、車掌さん、床の点検してもらえますか?」
H「は~い!!」(食べこぼしを拾う)
D「駅長さん、これどこに置けばいいですか?」(食べ残しのあるお皿を運ぶ)
(1歳の次女登場)
私「あ、迷子ですね!アナウンスしましょうか?」
と、何だかんだで楽しく手伝ってくれました。

毎日、駅員さんごっこは面倒だけど、たまにこうしてお手伝いしてもらうのも悪くないなと思ったのでした。
 

【日浦知子 2017年9月1日】 
 

夏休み最終日の宿題

関東は今日まで夏休みのところが多いのではないでしょうか。

我が家も今日まで夏休みでした。

夏休み最終日は、子どもたちが42日分の歯磨きをしたかしないかを色ぬりで書くカレンダーを
42日分一 気に書き上げる姿が見られる我が家です。

一気に色ぬりして、私のところに持ってきて、
「ここ、親から一言 書いといてー」と子どもたち。

娘ちゃんは 
親からすると手間がかかると思う自由研究が今日まで手付かず残っていたので、
どうなることかと思っていたけど、

最終日の今日楽しそうに実験して
「あー楽しかった」と仕上げていました。

なかなか面白くまとまっていて、いい記念だなと思いました。

私の物差しで見ると、
もう少し早めにやって早めに終わらせていただきたい
とか
コツコツ毎日
とか
思ったりするのですが、

じゃあ私は?と自分をみると
提出日に合わせるタイプ
コツコツ毎日とか絶対無理!!
あらー親譲りの我が子たちだったんだわ。

子供の宿題、子供に任せて、困った時はいつでも相談に乗る 体勢でいると、
意外と楽しくスムーズに終わるかもしれませんね。
親の望むペースや出来上がりではないかもしれませんけどね。

明日の準備は

私「明日の準備は一緒に見た方がいい?1人でやりたい?」と、子どもたちに聞くと

小5娘「1人で出来るから大丈夫だよん」

小2息子「一緒に確認してもらってもいい?」


上の子には見守るお手伝いを
下の子には一緒に確認するお手伝いをさせていただきました。

途中 娘に、これもいれた?と、確認したら

「任せて大丈夫っていったじゃん...」と、娘...

ごめんね。ほんとお節介好きなママです。


【小倉知子 2017年8月31日】